2009-05-01
Monolog 88 自然の斉一性:自然は信頼できるのか
自然の斉一性:自然は信頼できるのか
を発行しました。
自然は斉一的に振舞っているように見えます。
斉一的に自然を見なすということは、
帰納法に基づいて論を進めることです。
斉一説のの正しさを、帰納法を用いては証明できません。
自然は、本当に斉一的に振舞ってくれるという前提が成り立つのでしょうか。
地球の歴史を、聖書の創世記の記述通りと信じることと、
自然の斉一性による科学の成果を信じるとの間には、
どんな違いがあるのでしょうか。
斉一説と帰納法について考えました。
2009-04-30
●昭和の日:No. 2890 2009.04.30
花。江別市文京台
昨日に続き、今日も晴れである。
歩いてくるときは風があり、
少々肌寒かったが、
日中は暖かい天気となりそうだ。
昨日は昭和の日だ。
暖かい快晴になるという天気予報だったので、
ゴールデンウィークの天気のいい日に
出かける予定だった
大きな屋外の子供向け
公園施設である子供園に出かけた。
高速から降りずにいける便利なところであった。
片道1時間弱ほどである。
私は、新しいレンズのテストをするつもりであったが、
パノラマヘッドを違うのを持っていったので、
少々あせったが、撮影ができたのでよかった。
今まで露出や画像の違いが
そのまま結果の画像に反映され、
不自然の画像合成の部分があった。
しかし、最近のバージョンでは、
そのような違和感がまったくなく合成されている。
非常にソフトが進歩したことを感じた。
昔の画像の合成しなおすと
きっと以前よりよくなるのだろう。
しかし、そのような予定はない。
子供園を、高速で往復すると
以前は4000円以上かかったが、
景気対策で最高額1000円を利用したので、
非常に安くいけるようになった。
公共の交通機関で札幌を
家族4名で往復するより安い。
歓迎すべきなのだろうか。
少なく我が家は、ETCを取り付け、
高速を利用した。
今回、ETCをはじめて使った。
最初カードの挿入がうまく行ってなかったようで、
ETCの入り口で認識せずに、エラーがでて、
高速の入り口で逆走することになった。
後続車がなかったので、
事故にはならなかったが、
あせってしまった。
挿入してランプを確認する
必要があることがわかった。
いろいろあった休日であったが、
子供たちもくたくたになるほど走り回った。
次男は珍しく、帰りの車でうたた寝をしてた。
寝つきの悪い長男も夜はすぐに寝入った。
めでたしめでたし、か。
EarthEssay 4_87 円月島:南紀4
4_87 円月島:南紀4
を発行しました。
南紀シリーズも4回めとなります。
振り返ると白浜が中心になってしまいまた。
白浜周辺は第三紀の堆積岩からできているのですが、
堆積岩の構造や性質がいろいろ見られる所が多く、
地質学的にも興味深いところです。
今回の旅で白浜の地質の見所すべてを巡ったわけではありません。
見残して心残りのところもいくつかあるのですが、
南紀シリーズも今回が最後となります。
今回は南紀の旅の最後として、
侵食作用による造形を紹介しましょう。
2009-04-28
●ゴールデンウィーク:No. 2839 2009.04.28
花。江別市文京台
夜半に降っていた雨が麻には上がり、
今朝は東の空に晴れ間が見えていた。
しかし、つかの間の晴れだったらしく、
太陽は雲に隠れてしまった。
寒さはなかったが、
風があり、体感温度は低かった。
明日からゴールデンウィーク。
いや今度の週末からだろうか。
わが大学では、土曜日は講義日で
水曜日の振り替え授業となる。
水曜日は1講目と5講目めに講義があり、
終わるのが6時になる。
私は朝方なので、水曜日がつらいに一日だ。
それを考えると、
ゴールデンウィークも
あまり長くない気がする。
●進化論の5つの謎:No. 2838 2009.04.28
(ISBN978-4-480-68787-6 C0245)
を読んだ。
面白い本である。
哲学者が生物、生命、進化を語ると
こうなるかと思わせる本であった。
私はこれの地質学版を
つくり上げたいと常々思っている。
その歩みは遅々として進まない。
しかし、この本がいい目標となった。
2009-04-27
●模様替え:No. 2837 2009.04.27
こぶし。江別市文京台
今朝は曇りである。
雨が上がっていたが、
曇って風が強く、肌寒い日であった。
昨日は荒天であった。
大きな低気圧が北上し
北海道の東部を襲った。
雪が道東でふり、
私とところでも、ミゾレが降った。
寒い一日だった。
先日思い切って買った液晶テレビが届いた。
地デジ対応のテレビである。
ただし、録画は昔のアナログである。
地デジをみると非常に鮮やかな画面で、
アナログとの違い驚かされる。
テレビを置く場所は決まっていた。
しかし、今まで置いていたものを
移動させなければならず、
思わぬ部屋の模様替えになった。
今まで不便であったものを移動させ、
一応の変更をした。
しかし、まだ収まらないものもあるので、
もう少し整理したい。
整理や模様替えは、
考え出すと終わりがない。
2009-04-25
●新しく始めるには:No. 2836 2009.04.25
芽吹き。江別市若葉町
今朝は曇りである。
明日も天気が悪そうだ。
天気がよければ、
外で新しいパノラマ用のレンズを
外で試してみたかったのだが、だめだ。
自宅でやってみるしかないのか。
あちこちでホームページを展開していると
フォーマットを変えたり、
体系を変えることは不可能ではないが、
労力がかかりすぎて、現実的にはできない。
それならオリジナルのテキストを使って
新らたに作っりはじめるか、
それも労力がかかるので、
古いのはそのままの方が
今日から新しいものに切り替えるのがいい。
それが一番ロスもなく、
手軽で早いのかもしれない。
必要なのは、形式ではなく、
情報やデータであるのなら。
Movable Typeの最新版を試しているのだが、
他の関連ソフトやプラグインが
それに対応していない。
逆に、Movable Typeのプラグインも
Bloggerの新しいものに対応していない
などの不具合がある。
だから、データの移行がうまくいかない。
工夫すればできるのかも知れないが、
いろいろやっているのだが、
今のところ、うまくいかない。
そんなときは、あきらめて新しいものから
はじめるのがいいのかもしれないと思いはじめた。
2009-04-24
●酒談:No. 2835 2009.04.24
エゾエンゴサク。江別市文京台
今朝は晴れた。
久しぶりにみる太陽だ。
雨もいいお湿りとなった。
朝は雲があったので、
朝日が時々雲に隠れた。
すると昨日までの雨のような
暗らさが出現する。
やはり雨の後の晴れは、
心地よい。
昨日は学部の歓迎会だ。
何人かの人たちと話した。
話しをするには、明るく面白人がいい。
酒を飲むとそういう人が多くていい。
そして刺激を受ける。
学問だけでなく、
彼らの姿勢や生き方、 考え方、
そして実践が、面白。
●Google Earthでみる地球の歴史:No. 2834 2009.04.24
(ISBN978-4-00-005489-6 C0344)
を読んだ。
GoogleEarthはいろいろなところで書かれている。
また、衛星からみた地質地形も
私が以前からやっていることである。
なぜ、いまこの程度の内容が本になるのか。
少々不思議な気がする。
価格も1500円もする。
新書にしては高い。
発行部数が少ないからだろうか。
それともカラー印刷だからか。
2009-04-23
●メタデータベース:No. 2833 2009.04.23
おしべの雫。江別市文京台
今朝も雨である。
昨日よりは温かい雨だ。
ジャンバーからコートに替えた。
この衣替えは2度目となる。
4月になって寒い日が何度も訪れた。
安定した春の温かさが
今年は来ていない気がする。
今日は一日予定がびっしり入っている。
午前中は講義、午後は会議、
夜は学部の歓迎会がある。
明日も講義が入っている。
歓迎会で久しぶりの息抜きをしよう。
いろいろな人と話をして楽しもう。
なかなかやりたいことができないが
隙間時間を見て少しずつ進めている。
最近進めているのが、
メタデータベース用のサーバの構築である。
学内の研究費がついた研究テーマである。
先日やっとサーバの仕様を決めて発注した。
そのセットアップがいつできるのか、
少々不安がある。
そのサーバでメタデータベースを
試作をしていく予定だ。
その基本はブログのプラットホームを使い、
そこにトラックバックやRSSやAtomフィード、
他のデータベースとしてのブログのアーカイブ
などのブログツールで、
メタデーターベースができないかと考えている。
そのために、自分自身が作成している
テキストベースのデータベースを
メタ化する試みを現在進めている。
それを自前のサーバで行っていく予定である。
しかし、なかなか時間が作れないのが悩みである。
●アフガンの風:No. 2832 2009.04.23
(ISBN4-334-92382-8 C0093)
を読んだ。
政治や資本家などの思惑が、
アフガンの政情や紛争を左右している。
その生々しさを臨場感をもって描いている。
著者現地に行ったことがないと思うが、
戦争の悲惨さが伝わってくる作品であった。
EarthEssay 4_86 千畳敷の堆積構造:南紀3
千畳敷の堆積構造:南紀3
を発行しました。
南紀白浜に千畳敷と呼ばれる岩場があります。
起伏に富んだ広い岩場で、
うろうろしてみるには最適の場所です。
千畳敷は、堆積岩の地層が広がっているところです。
地層のその構造を詳しく見ると、
どのようなところでできたかをうかがい知ることができます。
2009-04-22
●雨の日が好き?:No. 2831 2009.04.22
転がる雫。江別市文京台
今朝は雨である。
暖かいが、風があり、
体感温度が低い。
歩いていると、
道路にミミズが大量にうごめいていた。
春先にも同じようなことが何度かあった。
今日は、久しぶりの温かい雨で
ミミズが動き出したのだろうか。
その多さに驚いた。
私は雨の日が好きだ。
ところが、よくよく考えると
雨の日には嫌な思いをすることが多い。
風が強ければ、濡れる。
風が弱くても霧雨なら、濡れる。
寒かったり、暗かったりすると、
楽しむ余裕がなくなる。
こんな雨の日は楽しむ余裕がなくなる。
もし数えたら、雨の日には、
嫌な思いをすることのほうが多いのだろう。
でも、雨の日が好きと思えるのは、
好きになれる条件を満たすときが、
あまりに少なく、そしてそのとき満足感が大きいから
好きという印象が強いのかもしれない。
今日は風が強く、霧雨で、服がしっとり濡れた。
こんな雨の日に1時間も歩くのは嫌だ。
2009-04-21
●蓄積疲労:No. 2830 2009.04.21
つくし。江別市文京台
今朝は、曇っている。
風があって寒い。
冬のジャンバーをいまだに着ている。
一度は薄手のコートにしたのだが、
寒い日があったので、
ジャンバーに戻したまま今日まできている。
春はまだ浅いのか。
日曜日にプールに行った疲れだろうか、
けだるさが残っている。
夜もすぐに眠くなってしまう。
講義がスタートして
そのサイクルに体調が
まだ慣れていないせいかもしれない。
疲労が蓄積しているのだろう。
慣れることであろう来週には、
ゴールデンウィークになる。
そこで、体調を整えることになりそうだ。
2009-04-20
●子供は成長する:No. 2829 2009.04.20
霜と花。江別市文京台
今朝は、快晴であった。
今日も暖かい日になりそうである。
ただ、放射冷却で朝は冷え込んだ。
霜が降りるほど寒さとなった。
土・日曜日は、国土地理院の
標高データのダウンロードと編集をしていた。
それだけで、2日間かかった。
これで、全国10mメッシュが無料で整備されたのだ。
今までお世話になっていた
北海道の地図の会社が
独自性を持つのが
つらいのではなだろうか。
今日メールして見るつもりだ。
ただ、休み休みだが。
日曜日は久しぶりに
子供たちとプールにいった。
6年生の長男には、
もうどの泳法でも勝てなくなった。
3年生の次男とは、とんとんくらいか、
次男の方がやや早いくらいだ。
子供たちはスイミングスクールに
週一度通っている。
その結果であるが、
子供たちは成長するものだ。
2009-04-17
●授業に専念:No. 2828 2009.04.17
芽吹き。江別市文京台
今朝は、快晴であった。
放射冷却で冷え込んだ。
ただ、天気予報では
日中は気温が上がるようだ。
講義が始まって1週間たった。
年度の初めはいつも疲れる。
日々すべきことに追われてしまい、
あっという間に1週間が過ぎ去ってしまう。
こんな日々が3ヵ月半にわたって続く。
本業であり、すべきことでもあり、
日々充実しているのではるが、
本当にやりたいことが進みにくいので、
ついついつらい思いをすることになる。
春、夏の講義のない時期に
そのような研究に従事をするのだが、
そのコントラストが刺激にもなるのかもしれない。
今は、教育に集中すべき時期だ。
2009-04-16
●隙間を見ながら:No. 2827 2009.04.16
つくし。江別市文京台
今朝は、粉雪が舞っていた。
上着をコートから冬のジャンバーに戻した。
今日はそれでちょうどいい気温であった。
積もるほどの雪ではない。
ただし、手稲の山並みがまた白くなっていた。
昨日は1校時と5校時の授業があり、
今日は1、2校時の授業がある。
水曜と木曜は結構ハードな
スケジュールとなる。
特に最初の講義は
全体のスケジュールも
組みなおさなければならないので
準備や心構えが大変となる。
そして、新しい学生との対面にも
緊張感が生じる。
これが新学期でもある。
たまった仕事がこなせない。
いろいろ手間のかかることがあるので、大変だ。
でも、今は講義の準備が最優先となる。
でも隙間を見ながら
たまった仕事をこなさなければならない。
EarthEssay 4_85 白砂の白良浜:南紀2(2009.04.16)
を発行しました。
南紀の旅の2回目は、白浜の白良浜を紹介します。
白浜は、関西では有名な観光地です。
しかし、白浜は、結構遠くて、関西在住の人でも、
いったことのない人も多いのかもしれません。
私も、今回が始めての訪問でした。
白浜を象徴するような白い砂浜を見てきました。
2009-04-15
●本格的な日常:No. 2826 2009.04.15
つぼみと雫。江別市文京台
今朝は雨である。
久しぶりに雨の中を歩いてきた。
暖かくなってきた。
冬のジャンバーからコートに替えた。
衣替えだ。
研究室の暖房も切ったままでも十分すごせる。
天気がいいここ2、3日の午後は
窓を開けないとならなほど暑いくらいである。
いよいよ春である。
昨日はゼミであったが、
今日から一年生の講義、
そして2年生の実習がある。
本格的な講義がはじまる。
そしてそれに伴って講義の準備も
本格的になってくる。
しかし、これが私にとっての日常である。
●メタルカラー列伝 鉄:No. 2825 2009.04.15
(isbn978-4-09-379430-5 c0095)
を読んだ。
鉄を中心としたメタルカラーの対談である。
その中心は北九州の人たちである。
技術者たちの熟練工たる所以、
その道のり、そしてなしていることが、
鉄を中心に語られる。
なかなか面白いものであった。
52 潮岬:不思議なマグマの並び
春休みを利用して3月下旬に、南紀をめぐりました。南紀は桜の咲き始めのころでしたが、今年は、寒さが戻ってきていた時期でもありました。そんな日は、上着がないと寒くてたまらないほどでした。ただ、春の陽気が戻ってくると、暑いほどでした。
潮岬を訪れたときは、春の日差しがあったのですが、風が強く、やや肌寒さを感じました。潮岬に来たのは、潮岬周辺の不思議な岩石を見るためでした。不思議な岩は、観光名所ともなっている橋杭岩(はしくいいわ)と呼ばれているところです。
橋杭岩は、潮岬の付け根のやや東の海岸にあります。杭というには、大きすぎる岩の柱が、点々を直線的に800mほどの長さで並んでいるところです。柱は、二つとして同じものはなく、周囲には柱が崩れた岩も転がっています。一つ一つの柱には、名前がつけられています。
訪れたときが幸い干潮の時間だったので、杭の周辺を歩くことができました。
橋杭岩は、地層の割れ目の中に、マグマが入ってきて(貫入(かんにゅう)といいます)固まったものです。石英斑岩と呼ばれる流紋岩の仲間のマグマでできていて、大きな石英の結晶(班晶(はんしょう)と呼ばれます)がみえるのが特徴的です。
周辺の地層は、長い時間とともに、海の波による侵食で削られ、貫入岩の部分だけが残ったものです。貫入岩は、もともと板状のものでしたが、侵食とともに、あちこち割れてくずれたところもあり、杭状になって残りました。
このように橋杭岩のでき方はわかったとしても、点々林立しているマグマの列は、不思議な光景に映ります。
潮岬は、近畿地方の最南端に当たります。そして本州最南端にも当たります。紀伊半島の地質の位置づけを、近畿地方の概略から見ていきます。すると不思議なものが見えてきます。
近畿地方の地質を、北から南に見ていくと、中国帯、舞鶴帯(超丹波帯と呼ばれるものも含みます)、丹波帯、領家帯、和泉帯、(中央構造線)、三波川帯、秩父帯、四万十帯という名称がつけられ、区分されています。それぞれの帯の堆積岩の形成年代をみると、北(大陸側、内帯呼ばれる)ほど古く、南(海側、外帯と呼ばれる)に向かって新しい岩石からでてきていることがわかります。それぞれの帯の岩石の多くは、海洋プレートの沈み込みと関連した堆積岩類(付加体と呼ばれる)からでてきます。
もともと日本列島は、ユーラシア大陸の縁にあり、大陸の一部で、列島とはなっていませんでした。新生代の中新世(1500万年前頃)になって、何らかの原因(よくわかっていません)によって、日本海が開きました。その結果、日本列島が大陸から分離しました。その後も、日本列島には、付加体が形成され続け、列島として独自の道を歩みつづけ、現在に至っています。その独自性は、付加体だけではありません。マグマにも重要な役割があります。
日本列島は、つぎつぎと付加体がくっついて形成されてきました。そのような付加体を骨格とした堆積岩の中に、花崗岩類を中心とするマグマの活動が起こります。その活動の形式も、時代ごとにある決まった帯で、列をなして起こっています。
新しい時代(現在も活動している)の火山活動も、日本海沿の山陰から丹後にかけての地域で起こっています。このような火山列は、現在のフィリピン海プレートの沈み込みに伴うもので、火山フロントと呼んでいます。日本海付近では、現在の火山フロントより古い、中新世の日本海の拡大に伴う火山活動(グリーンタフ変動と呼ばれています)が起こっています。このような日本海周辺域の一連の火山活動域は、山陰北陸区と呼ばれる火山区分がなされています。
現在の火山フロント(山陰北陸区)より海側にあたる、瀬戸内海からその東延長の奈良盆地にかけても、火山活動も起こっています。瀬戸内区という区分がされています。
瀬戸内区では、中新世の中ごろに、安山岩から流紋岩のマグマが主に活動しています。そのマグマの中には、マグネシウムの多い安山岩質ものもあります。一般の安山岩は、マグネシウムは多くはありません。また、他のマグマ(玄武岩マグマ)から変化したもの(結晶分化作用と呼ばれる)や、2種類のマグマが混じってできたもの(マグマ・ミキシングと呼ばれる)が、主な起源だと考えられています。しかし、マグネシウムの多い安山岩は、マントルを構成する岩石が解けてマグマができ、そのまま噴出してきたと考えられています。このような変わった安山岩が、瀬戸内区の特徴となっています。
紀伊半島は、日本列島でもっとも海側(地質学では外帯と呼んでいます)に位置します。南紀の堆積岩は、紀伊半島の南端にありますから、一番新しい付加体からできていることになります。四万十帯にあたり、海では現在も付加作用が続いています。
その付加体の中に、中新世の花崗岩のマグマが貫入しています。このような花崗岩類は、大峯酸性岩類や熊野酸性岩類などとよばれています。同様の花崗岩は、太平洋側の四国や九州にも点々とですが、帯をなして分布しています。
さらに南の海の面した潮岬に、マグマの活動がやはり中新世に起こっています。この火山活動は、流紋岩のマグマの仲間だけでなく、玄武岩のマグマも活動しています。海側の酸性岩類と火山岩類のマグマ活動をまとめて、南海区と区分しています。
潮岬の火山岩類の時代は、酸性岩類よりやや古い時代です。潮岬と同じような玄武岩を伴うようなマグマの活動は、四国の室戸岬、足摺岬、種子島へと、点々と、まさに橋杭岩のように続きます。
このように日本列島では、帯状の地質が特徴となっています。それは、付加体だけでなく、火山活動にもみられる特徴です。ただし、時期は、付加体のように古いものから新しいものと並ぶことはなく、多少前後しますが主に中新世とに起こった活動と、現在の火山活動の二つに分けられます。中新世のマグマの活動は、日本海の拡大に伴う活動だと考えられますが、その実態は、まだ解明されていません。
太平洋岸の岬に不思議な岩の連なりを見ました。潮の引いた橋杭岩を見たのですが、平らに床に建てられた、まさに柱のような異様な形状の岩石群でした。その柱の連なりは、もし現在の日本列島から堆積岩を取り去ったとしたら、こんな姿になるのではと思わせる大地の歴史を象徴するかのようでした。
・貫入岩・
潮岬を車で一周しました。
潮岬は、切り立った断崖に囲まれています。
太平洋に突き出した展望台からみた海は、
地球の丸さを感じさせるほどの広がりがありました。
時間がなく、海岸に下りることはしなかったので、
展望台から石を眺めるだけになりました。
そんな眺めからでも、玄武岩の中に、
淡い色の貫入岩をはっきりと見ることができました。
しかし、貫入岩をみるならやはり橋杭岩でしょう。
ただ、貫入しれている周りの岩石が侵食でなくなっているので、
貫入岩らしくないのですが。
・完成年度・
大学は、新入生を向かえ、新学期がスタートしました。
私の所属する学科は、4年前に発足したばかりのなので、
今年やっと全学年の学生がそろいました。
完成年度となります。
就職活動をする学生、
教育実習や教員採用試験に臨む学生の対応する一方、
新入生の初々しさにも出会えます。
いろいろな学生がいるので、
気の抜く余裕がなく大変なのですが、
それなりに楽しさもあります。
GeoEssay 52 潮岬:不思議なマグマの並び
を発行しました。
南紀の最南端は潮岬です。
潮岬の付け根の近くに、
橋杭岩と呼ばれるマグマが織り成す、
不思議な石の並びがあります。
その石の並びは、点々と、しかし明瞭に帯状に続いていました。
この石の並びこそが、日本列島の形成の歴史を象徴しているかのようでした。
2009-04-14
●春の日々の変化:No. 2824 2009.04.14
花。江別市文京台
明け方雨が降っていた。
自宅を出るころには
雨が上がっていた。
曇りで、強い風の中を歩いてきた。
日に日に春めいてきた。
歩くたびに季節の変化を感じる。
昨日は、森の中を歩いてきかえった。
フキノトウだけでなく、
福寿草やザゼンソウなどが咲いていた。
春の森は日々変化する。
楽しい思いができる。
今日から授業が始まる。
昨日から講義の準備をしている。
いろいろ新しい試みをするため、
次々と新しい講義を
組み立てなかければならない。
気の抜けない日々が続く。
2009-04-13
●春眠暁を覚えず:No. 2823 2009.04.13
新芽。江別市文京台
今朝、霧がすごくでていて、
いつもと違った景色の中を歩いてきた。
春のせいだろうが、
よく寝ているのだ、眠たい。
春眠暁を覚えずだろうか。
雪が溶けが終わり、
春の新芽の季節が始まった。
昼間は暖かく、暖房も要らなくなってきた。
冬の寒さを開けたあと、
体が寒さから、温かさに向けて
対処を変えていく時期になるのだろうか。
先週の土曜日から授業が始まっているが、
今日から実質的に新年度の授業が始まる。
私は、今日は担当の授業がないが、
明日から始まる。
その授業の準備をしなければならない。
また、忙しい日々が始まるのだ。
●「分かりやすい教え方」の技術:No. 2822 2009.04.13
(ISBN978-4-06-257623-9 C0240)
を読んだ。
耳が痛いことがいろいろ書かれていた。
私にも改善すべき点が
いくつか心当たりがあった。
しかし、どう改善していけば
いいかが問題である。
今まで作り上げてきたものを
大きく修正しなけばならない。
それが重要であるが、
一気には難しいが、
こつこつとやっていくしなかいのだろう。
2009-04-09
●オリエンテーション:No. 2821 2009.04.09
新芽。江別市文京台
今朝も快晴である。
快晴の青空の下を歩くのは心地よい。
今日は大学の新入生の合宿オリエンテーションで
1泊2日で出かける。
私は1年生のクラス担任になっているので、
一緒に定山渓に出かけることになる。
新しい学生と出会うのは、
緊張もするし、楽しみでもある。
今日の昼過ぎからオリエンテーションがはじまり、
明日の昼前に大学に帰ってきて終了となる。
上級生が重要な働きをしてくれる。
写真の整理がまだできていない。
旅行には1週間いたが、
地質学的にみたのは、
まる2日ほどしかない。
その他の2日は子供のための施設見学だ。
あとの3日は移動日となる。
それでもしょうがないのだろう。
2009-04-08
EarthEssay 4_84 日ノ御崎から付加体の旅へ:南紀1(2009.04.09)
4_84 日ノ御崎から付加体の旅へ:南紀1(2009.04.09)
を発行しました。
北海道は暖かかったとはいえ、まだ雪解けが終わったばかりです。
花の季節はもう少し先です。
春の南紀に出かけました。
南紀では、咲きはじめた桜をいっぱい見かけました。
南紀では、付加体を見る旅となりました。
その様子をシリーズで紹介していきます。
●研究費:No. 2820 2009.04.08
ふきのとう。江別市文京台
今朝も快晴の青空の下を歩いてきた。
肌寒いが心地よい。
フキノトウが芽吹き始めてきた。
北国にもやっと春がきたのだ。
ところが私ときたら、
まだ風邪が抜けない。
鼻づまりがあり、
頭がすっきりしない。
特に午後研究室に西日が当たり、
暖かくなると、頭がボーっとしてくる。
昨日夕方あたりから
やっと食欲が出てきて、
普通の食事ができるようになってきた。
しかし、まだ肩や背筋が痛い。
無理をせず、体調を整えるしかない。
デスクトップパソコンが容量オーバーである。
新しいパソコンを導入する。
スペック、容量ともに十分なものにする。
学内の競争的研究費が決定された。
私の研究も採択された。
野外調査とサーバの費用がこれで何とかなった。
しかし、サーバを調整している時間がない。
まとまった時間取れるは、
ゴールデンウィークか、 夏休みまでない。
できるだけはやく調整したいのだが。
どうなることやら。
2009-04-07
●整理から:No. 2819 2009.04.07
ふきのとう。江別市文京台
今朝は、快晴の青空の下を歩いてきた。
放射冷却で冷え込みんでいて、
水溜りには凍りがはっていた。
旅行に出ていて、帰宅後すぐに風邪をひいた。
昨日は家内に大学まで送ってもらった。
昨日は自宅まで歩いて帰ったが、
体調がだいぶよくなっている。
今日は久しぶりに歩いてきた。
まだ体調はそれほどよくないが、
通常の仕事を始めている。
とりあえず、今日は旅行の整理である。
●メタルカラー列伝:No. 2818 2009.04.07
(ISBN978-4-09-379429-9 C0095)
を読んだ。
トヨタを中心としたものづくりをしている人たちの
インタビュー をまとめたものだ。
残念ながら雑誌連載は終わったようだ。
私は、初期のころから単行本を読んでいた。
17年、700回以上も続いたようだ。
今後は、単行本で週刊誌で公表されたもので
単行本に掲載されてない残り記事と
新たなインタビューを加えた単行本の発行を
主にするようだ。
現場で働く人々の苦労とその達成感を感じることができる。
ものづくりのよさを伝える大切な仕事だと思う。
2009-04-01
Monolog 87 イメージの中の地層(2009.04.01)
87 イメージの中の地層(2009.04.01)
人はイメージするという素晴らしい能力をもっています。
その能力は、時に効果的は判定を下すことができます。
でも、それに現実に適用するには、検証が必要です。
私たちが何気なくみている景色から、岩石、堆積岩、地層などに対する、
結構正確なイメージを作り上げているようです。
そんな例と検証を紹介しましょう。
2009-03-26
EarthEssay 1_80 回廊の閉鎖:メッシニアン塩分危機5(2009.03.26)
1_80 回廊の閉鎖:メッシニアン塩分危機5(2009.03.26)
を発行しました。
メッシニアン塩分危機は、なぜ起こったのでしょうか。
その原因を解明するには、
今は亡き回廊が、なぜ消えたのかを、
解き明かさなければなりません。
その謎解きは、簡単ではありません。
まだ、確定したモデルはできていませんが、
代表的なものを紹介しましょう。
2009-03-24
●紀伊半島へ:No. 2813 2009.03.24
紀伊半島の海岸を巡ります。
桜の季節はもう過ぎたでしょうか。
久しぶり4度目の訪問となります。
その間、このページの更新はしません。
ただし、条件さえ整えば、
ブログの更新は不定期にするかもしれません。
●親睦会:No. 2812 2009.03.24
コブシ。江別市文京台
昨日から冷え込んで、
時々雪が舞っていた。
今朝は冷え込んで、
昨日の昼間解けた部分が凍っていた。
今朝はがりがりになっていた。
東の空には太陽がのぞいているが、
西の空には、今も雪雲が出ている。
今日も晴れたり、
雪が降ったりするのだろうか。
昨日は学科の教職員で飲み会があった。
いつもの場所で、
いつもの気心の知れた人たちと
うまい酒を酌み交わす。
考えたら我が学科は、
恒例として、
年に3度の親睦会が行われている。
他学科にいたときは、
こんなに頻繁に、
しかも定期的な親睦会はなかった。
全体としてみると、
学部や大学の親睦会もあるので、
あわせると結構な会があることになる。
しかし、以前の職場に比べれば
圧倒的に飲み会は少ないが。
●四国八十八ヶ所:No. 2811 2009.03.24
(ISBN978-4-00-431151-5 C0272)
を読んだ。
70歳近い戦場カメラマンが
四国の八十八ヶ所を写真を撮りながら
歩いた記録である。
淡々と旅行記を写真を交えて
記録されている。
4回に分けて回られてたのだが、
心臓発作によって、
生死の間をさまよいながらも、
巡礼を続けられた。
私も八十八ヶ所めぐりを
定年後やってみたいのだが、
いつになることやら。
本当に実現できるのだろうか。
2009-03-23
●Movable TyepとWordPress:No. 2810 2009.03.23
残雪。江別市文京台
今朝は暖かいのだが、
風が強く肌寒かった。
畑の雪は、一気に雪解けが進んだ。
3日ぶりに通勤の道を歩いていると、
一気に雪解けが進み、
黒い畑の土が見えていたのだ驚いた。
道路を歩いているとミミズがたくさんでていた。
しかし、早朝は寒そうで
動きが、もがいているように見える。
春分が終わったばかりだが、
北海道では、啓蟄がやっと訪れたようだ。
本州の季節感に比べれば、
一つ節気が遅いのが、
今年の北海道は、それでも早い雪解けである。
今日は学科の飲み会である。
年度末の打ち上げである。
また札幌に出ることになるが、
見て購入したい本もあるので、
それもやってこよう。
現在、自分の借りているサーバに
ブログを立ち上げられないかを挑戦している。
Movable TyepとWordPressを試している。
WordPressの方が最初のとっつきがいい。
そしてプラグインなども、わかりやすい。
どちらも似たようなことが出来るのだろう。
導入のしやすさ、とっつきやすさ、
そして 自分の扱いやすさが、
最終的に決め手になるのだろう。
他のサーバのブログは、
簡単で使いやすいのだが、
データを自分自身の管理下に
置けないところが、 不安である。
まあそれなりのセキュリティや
バックアップは自前サーバーよりは
充実しているのだろうが、
やはり手元に管理権がないのは、不安な感じがする。
だから、バックアップとして利用することにして、
可能ならば、自前のものを利用したいと考えている。
そのためで挑戦である。
2009-03-22
●ETC:No. 2809 2009.03.22
乾いた道路がでていた。
午前中は子供の靴を買いに出かける。
午後、子供たちは自転車に乗って
外に遊びに行った。
私は予定の旅行の準備をした。
今日は午前中に荷造りをして
発送する予定だ。
新しい季節に、子供たちの昨年の服や靴を合わすと
身長が伸びてて、すべて小さくなっている。
今度6年生になる長男の靴は、
もう私がはけるサイズになっている。
上着は、長男のお下がりが
家内のサイズにちょうどになった。
でも、次男が控えているので
すぐには降りてこないが。
車のCDが音飛びをよく起こすので、
買い替えを考えていた。
もともと中古のCDプレイヤーを
中古車からとってつけてもらったものだ。
それに車も2代目となっているが、
古いオーディオをそのまま付け替えて使っていた。
ETCも今なら政府の助成金があるので、
換え時だと考えた。
一昨日、自動車用品店に行き、
オーディをを見たら、
格安限定3台の装置がまだ残っていった。
それを購入を決め、
ETCも一番安いのを購入決定。
割引と助成金、そしてサービスで
ETC分がまるまる浮いた計算になる。
しかしETCがまだ入荷しないので、予約だけした。
それが昨夜、入荷したとの連絡があった。
取り付け作業が込んでいて、
24日の昼、出かける直前となった。
出かける前となる、
なにかとばたばたする。
●ニッポンの恐竜:No. 2808 2009.03.22
(ISBN978-4-08-720483-4 C0245)
を読んだ。
日本の恐竜や爬虫類化石に関する
歴史あるいはドキュメントである。
日本の恐竜にはいくつか話題になり、
歴史から消えたもの。
なかなか記載論文が発表されずに、
最近発表されたもの。
いろいろ歴史の裏に隠れていることもがある。
そしてこの本で語られた生物学者には
私も知っている人も盗聴している。
なかなか興味深い本であった。
2009-03-21
●春の雪:No. 2807 2009.03.21
子供たちの自転車を出して
乗れるようにした。
その後午前中に買い物に出かけたので、
午後に乗る予定であった。
しかし、午後から曇ってきたので、
自転車には乗れなくなった。
それに夕方には雪が舞いだした。
そして今朝は雪景色である。
まあ、日が上れば、
まだじきに解けていくのだろう。
春の雪は儚い。
一昨日会った大学の同級生にメールを書いた。
その文面を以下に。
「昨日は、短い時間でしたが、有意義な時間でした。
お互い、社会人としての如何に終わり迎えるかを
考える時期なって来ました。
自分の属する組織、
家長として家族、
そして自分自身の人生設計、
それぞれが長い歴史の積み重ねの上に
成り立っているものですから、
自分の思い通りに振舞うこともなかなかできません。
不本意ながら従わなければならないことも多々あります。
社会状況も自分の自由をたやすく許しそうもありません。
そんなことを考えると、決して明るい未来ではありません。
しかし、人生の晩年を如何に迎えるかを考え、
社会人としてこれから振舞ってかなければなりません。
そんなことを考えてしました。
これから会うことは、そうそうないでしょうが、
メールならいつでも連絡可能です。
こんな利器もあるのですから、
時々連絡しあいましょうか。
昨日は楽しかったです。
ではまた、いつかどこかで。」
というものであった。
そして友人からまた会おうという返事が来た。
今回が、今生の別れではないのだ。
まだ生きていて、努力すれば、
どこか出会えるかもしれない。
2009-03-20
●旧友と卒業式と:No. 2806 2009.03.20
ただ、東の空に雲があるため、
朝日は差さない。
今朝は、ぐっすり寝た。
おきたら6時半であった。
最近は4時半くらいには起きていたので、
2時間もよく寝たことになる。
春眠暁を覚えず、だろうか。
今年は雪も少なく、
雪解けも早い。
道路が乾いて、ほとんどのところで
アスファルトが出ている。
これならもう自転車を出して乗れるだろう。
子供たちの自転車をきれいに拭いて、
タイヤに空気を入れて、
今年の初乗りの準備をしようか。
昨日は、旧友にあった。
最初、顔がわからなかったが、
近づいてきた人がいたので、
友人だとわかった。
2時間近く話すことできた。
お互いの近況を話し、
同期の友人たちの近況について話をした。
懐かしさがこみ上げてくる。
旧友との語らいはいいものだ。
旧友と会った後で、
大学の卒業式に出た。
毎回のことであるが、
教員として壇上に上がり、
学生を見下ろすのは気恥ずかしいものだ。
学生たちの
達成感に満ちた顔、
どこかで将来の不安を持った顔、
ただただうれしそうな顔、
感極まり、今にもなきそうな顔、
授業態度が悪くて覚えている顔、
逆にまじめに授業を受けている顔、
いつも教員の研究室付近で見かける顔、
いろいろな学生の顔が見える。
学長の送辞として、
いく人かの卒業生のエピソードを聞きながら
そんな顔を眺めていた。
いろいろな思いがあるが、
教員として卒業生を送り出すことは
うれしいことである。
そんな思いをかみ締めていた。
2009-03-19
●遠来の友:No. 2805 2009.03.19
融雪のために。江別市文京台
今日は曇りで暖かい。
昨日話をした人に会い、
会釈を交わす。
新しい付き合いが始まる。
今日は卒業式である。
1000名ほどの学生が今年も
本学を巣立っていく。
今年は私のゼミ生はまだ卒業を迎えないが、
卒業式は送り出す側として、
感慨深いものである。
友人と卒業式の前に会うことになっている。
大学の同窓生で、
卒業以来の面会だ。
30年ぶりだろう。
本当に久しぶりだ。
札幌で会うことになっているが、
お互いの変貌しているであろうから、
認識できるだろうか、少々不安である。
その友人は、東京と札幌を週のうち、
半分半分で行き来していたのが、
今月で札幌を引き払うようだ。
そのため、私にあっていこうというのである。
懐かしい。
遠方の友、過去より来たりて、遠方へと去る。
●アストロバイオロジー:No. 2804 2009.03.19
(ISBN978-4-00-007487-2 C0344)
を読んだ。
生物学が地球生物がであるのに対し、
宇宙生物学が必要だというのは、
同感である。
私も講義や、エッセイでも書いてきたことである。
宇宙生物学とは別の分野があるので、
紛らわしさをなくすために、
アストロバイオロジーという名称で
呼ぼうという。
そのためにこのような書名になったのである。
内容的には、ほぼホローしていたことでったが、
分子合成の現状や
他天体の生命存在の可能性、
また生物防護や宇宙検疫などの考えなどは、
なかなか面白かった。
EarthEssay 1_79 広い回廊:メッシニアン塩分危機4(2009.03.19)
1_79 広い回廊:メッシニアン塩分危機4
を発行しました。
地中海と大西洋がつながっているところは、
ジブラルタル海峡と呼ばれています。
この海峡は、狭く、海路交通の要所となっています。
アフリカとヨーロッパの接点でもあります。
そのため、政治、宗教、軍事などの要ともなっています。
このジブラルタル海峡は、
メッシニアン塩分危機以降にできたものでした。
2009-03-18
●人間関係:No. 2803 2009.03.18
ポプラ。江別市文京台
夜半に雨が降った。
朝にはあがっていたが、
雲の多い朝である。
暖かい日である。
今朝、歩いていると、
よく見かける人が声をかけてきた。
その人は犬の散歩をさせているおじさんで、
いつも顔を合わしているが、
挨拶もしたこともない人である。
聞くと、見たことのない鳥が、
電柱の上に止まっているというのである。
見るとカモメのようであった。
色が黒ではなくまだ灰色ぽっかたので、
若鶏なのだろう。
それを説明した。
知っている名前の鳥だったので、
安心したよう。
それでお互いに分かれた。
なぜここまで飛んできたのはわからないが、
海までそれほど離れてはいないので
飛んできてもいいのだが、珍しいことだ。
それより、朝いつも見かけている人と
接点がなかったが、
これで接点が出来た。
これから目が合えば
挨拶を交わす関係ができたのだ。
他にも、何のきっかけのなし、
何人も挨拶をしている人もいる。
人間関係なんてものは、
ふとしたことをきっかけに
始まることもあるだ。
●超高速右脳読書法:No. 2802 2009.03.18
(ISBN4-478-70274-8 C0012)
を読んだ。
軽い内容であり、
右脳読書の利点、
左脳読書の欠点、
本読む人の利点。
読まない人の欠点などを
つぎつぎと羅列されている本である。
流し読み。
●地学のツボ:No. 2801 2009.03.18
(ISBN978-4-480-68804-0 C0244)
を読んだ。
鎌田氏が、教養の講義としておこなっている
内容をまとまたそうだ。
ほぼ知っている内容であり、
私にとっては新鮮な部分はなかった。
そのため、走り読みをした。
2009-03-17
●悩みの深さ:No. 2800 2009.03.17
街灯。江別市文京台
今朝は、明け方まで雨が降っていたようである。
道路が濡れていた。
気温も高く暖かい。
手袋を薄手のものしたが、
寒くもなく、ちょうどいいくらいだ。
昨日学生とあった。
将来について決断を下した学生が、
また悩みだしていることがわかった。
人の意見に流され、状況に流され、
だが本位ではないという気持ちがあるようだ。
しかし、そのままの気持ちで進むことは、
自分にとって不利なことになるにちがいない。
自分の道を見極めるべきだと私は思う。
だが、私からそれを強要するわけにはいかない。
自分で決めるしかない。
ただ、寄り添っていくしかない。
人の悩みの深さが、染みてくる。
●ホワイトハウスの記憶速読術:No. 2799 2009.03.17
(ISBN4-575-15303-6 C0295)
を読んだ。
速読といいながら、
その技術については
どこにも書いてあるようなものが書かれていた。
新規性、独創性がない。
そしで著者自身の速読の実践方法が
あまりほめられたものでもないし、
役に立つものではない。
なんとなく自己満足な内容にみえた。
内容に重複が多、あまりためにならなかった。
しかし、読み流さずに
しっかり読んでしまったのが
残念に思える。
2009-03-16
●迷えるものたちに:No. 2798 2009.03.16

ハルニレ。江別市文京台
今朝は、どんよりとした雲の多い天気だ。
しかし、気温は高く、暖かい。
0度前後の気温のようで、
雪が解けているところと
凍っているところがある。
昨日積もった雪も
跡形もなく溶けている。
春はもうすぐそこまで来ている。
今日学生の面談することにしている。
これから4年生になる学生だが、
迷いが生じているような学生に対して、
多数の選択肢の中から
なんとか望むものを
選んでもらうように促すためだ。
大学は、2月から3月は授業がないので、
教員と学生の距離が広がり、
コミュニケーションが足りなくなる。
だから迷いが生じたとき
適切なとき手助けを出来ないことである。
それを今回やろうとしている。
ディスクの整理をすることにした。
どれくらいのデータをかかえているのかを
ハードディスクごとに整理するのである。
以前やったのを見たら、昨年の春におこなっている。
ハードディスクがいっぱいになったので、
大幅に整理したためである。
今回もその整理をしていくことにする。
まあ実際には、フォルダーサイズを調べるソフトを起動し、
ディスクごとにチェックしていくだけである。
ただ、容量が多いと時間がかかるが、
その間、ほかの事をしていればいいのだ。
それよりも今後の、ポータブルハードディスクと
パソコンの全体について考えたほうがいい。
その辺を考えながら整理をしていこう。
あと10日ほどで旅行に出かける。
その間の準備をしていく必要がある。
急にはできないので、今から準備をしていく。
その準備とは、メールマガジンの発行である。
週刊を2号分、月刊を1号分を用意して
発行予約をすることになる。
その原稿を書いていくことになる。
2009-03-15
●ポータブルハードディスク:No. 2797 2009.03.15
家が震えるほどの風が吹き、雪も降った。
朝は積雪量はそれほどもでもないが
雪景色となっていた。
気温はそれほど低いわけではない。
昨日は、一日ポータブルハードディスクの
復元に取り組んだ。
最後には再フォーマットまでいった。
それでもエラーが出てきた。
昨夜、いよいよ最後の手段として、
セクターの全面チェックをはじめた。
時間がかかるので、
そのまま作業をさせて寝てしまった。
今朝はチェックが終わり立ち上がったので、
そのまま使用している。
パソコンのハードディスクを
使用して作業しているから、
実際のデータが壊れるような
問題は生じていない。
不幸中の幸いであった。
持ち歩くハードディスクに
余り大量のデータを入れておくのは、
考えものだ。
もしものとき、被害が大きく、
復旧に時間もかかるからだ。
私は、ポータブルハードディスクには、
一番重要なデータである
ワーキングデータ45GBを常に最新状態にして
持ち歩いている。
自宅のパソコンに転送して
研究室の作業をそのまま自宅でも
できるようにするためだ。
過去のデータストックが50GB
電子辞書3GB
地質旅行120GB
地図データ81GB
音楽データ21GB
写真ストック18GB
300GBほどのデータがはいっていた。
もしこれ全部をコピーするとなると
膨大な時間がかかる。
ちなみに昨日50GBほどコピーしたら
1時間以上かかかった。
もう少しコンパクトにして持ち歩いた方が、
何かあったときに被害も少ないという気がする。
これは、早急に対処しなければならない。
●珊瑚朗先生無頼控:No. 2796 2009.03.15
珊瑚朗先生無頼控」
(ISBN978-4-488-02527-4 C0093)
を読んだ。
安楽椅子探偵のパターンの
短編ミステリー集である。
ただし大小説家の珊瑚朗先生は
安楽椅子に座って
謎を解くのではなく
銀座のバーのソファで
女の子をはべらせながら
酒を飲んで謎を解いていく。
そしてその謎解きには、
いくつものドンでん返しがある。
なかなか面白い話であった。
51 増毛:ライマンの見た断崖
増毛と書いて、「ましけ」と読みます。北海道の地名です。語源は、アイヌ語の「マシュキニ」や「マシュケ」、「マシケナイ」から由来しているといわれています。「マシュキニ」の意味は、「カモメの多い所」ということで、海に面した増毛の昔の様子を表しています。
増毛に列車で行くためには、札幌から函館本線に乗ります。函館本線は、函館から小樽を回るコースで札幌に出て、さらに旭川に向かう、全長420kmの路線になります。札幌から、北に向かいます。深川で、函館本線から、留萌本線に乗り換えます。留萌本線は、深川から留萌を通り、増毛まで通じる70km弱の路線です。ここより先は線路もなく、増毛が終着駅となります。
そのコースとは逆を通って、大学生時代、増毛から札幌まで帰ったことがあります。暑寒別岳(1491m)に雨龍沼側から登り、縦走して降りたところが増毛だったのです。友人と二人で、暑寒別岳を縦走しましたのは、6月上旬でした。麓には春が来ていたのですが、雨竜沼から上は残雪の中を歩くことになりました。この登山は、マイカーなどない学生時代ですから、行きも列車、帰りも列車でした。
その後、北海道に移住して、車で増毛に行きました。増毛は、今では漁港がある小さな町ですが、かつては多くの人口を抱えた栄えた町でした。留萌が留萌支庁の中心になっていますが、かつては、増毛支庁として増毛がこの地域の中心地となっていました。
増毛では、江戸時代からニシン漁が盛んで、栄えていました。いまでも、その名残の建物が増毛には見られます。ニシンの群れ(群来「くき」と呼ばれていました)が来ると、カモメが餌として捕るために海面に群れていたのです。その様子から、「カモメの多い所」(マシュキニ)という名称がついたのでしょう。「石狩挽歌」という歌にも「ゴメ(ウミネコのこと)が鳴くから、ニシンが来る」という歌詞があります。これは、海鳥がニシンの産卵が始まるの察知して群れている光景を歌ったものです。
明治には、ニシン漁によって栄えた増毛までの交通路として、鉄道が早い時期から整備されました。ニシン漁による賑わいは、昭和初期まで続き、現在もその名残として建築物が残されているのです。だから、留萌の先の増毛まで鉄道が通じているのです。
ところが、増毛より先は、険しい海岸線が続き、通行の難所として古くから恐れられていました。1981年に国道231号が開通して、冬でも往来ができますが、それ以前は、海岸にへばりつくようにしてあった雄冬などの村々は、海の荒れてないときに、船で行くしかない陸の孤島となっていました。
日本の地質学を興した、お雇い外国人として来日したライマンも、調査のために、このルートを通っています。
ライマン(Benjamin Smith Lyman、1835年12月11日-1920年8月30日)は、明治6(1873年)年1月18日に来日し、4月下旬には函館にきています。その後7ヶ月をかけて第一回北海道調査で道南部をおこなっています。その翌年の明治7(1874年)5月20日からは、第二回北海道調査を行っています。その後明治8(1875)年にも、茅沼・空知の炭田を精査しています。
第二回北海道調査は、長距離、そして長期にわるものでした。ライマンが、増毛を訪れたのは、この第二回目の調査のときでした。
函館を5月26日に発ち、室蘭、苫小牧、札幌を経て、石狩川を遡上、そして十勝川の支流の音更川を下り、十勝川河口の大津に8月5日に着きます。その後、休むまもなく、海岸線を、広尾(8月6日)から反時計回りに石狩までたどります。その途中、増毛から厚田にいたる険路を通っています。
北海道の地図を見るとわかりますが、ライマンの通った海岸ルートで、知床とこの増毛が一番険しいルートになります。当時知床の海岸今と同様、道はほとんどなく、訪れる人も少なく、海岸をたどることができず内陸を進みました。ただ知床硫黄山には、海路から苦労をしながらたどりついています。
ライマンが長い調査の途中、増毛に着いたたとき、札幌をたって以来の最高の宿と感心しています。また、学校をみて、教育と文化の高さに驚いています。このようなライマンの驚きからも、増毛の繁栄ぶりがうかがわれます。
増毛から先は、今回の調査では、海岸ルートとして最大の難所を行くことになります。迂回路の山道が雪で通れなくなるのを恐れて、先を急いでいます。増毛から海岸を避けて、山越えの山道から浜益(ライマンは浜増毛と呼んだ)に、必死の思いで一日かけて到着しています。さらに次の難所の濃昼(こきびる)の海岸も苦労して夜半にやっと厚田に通り抜けています。この難所を、天候悪化のため、浜益で一日足止めをさせられていますが、実質2日間でたどっています。しかしフィールドノートの記述からは、その苦労のほどが伺われます。
増毛から厚田までの間は、道もはっきりせず、海岸沿いは危険なところも多かったようです。現地の案内人を雇っていっても、苦労する難所でした。そのような人を寄せ付けないような険しい海岸が、増毛と厚田の間には、昭和の終わり頃まで立ちはだかっていたのです。今では国道ができ、車であっという間に通過できます。しかし、その国道もトンネルが多く、険しいが道が続いています。今でも、海岸線沿いの道路は、崩落危険箇所で、雪や雨、風が強いと通行止めになってしまうところです。
険しい切り立った海岸線があるのは、暑寒別岳を主峰とする山塊が、海岸までせり出しているからです。その暑寒別岳一帯の山塊は、火山でできています。海岸線の露頭では、マグマがつくった構造や、マグマが海に入ったときできる構造などが見ることができます。
マグマの構造としては、節理(せつり)がいろいろみられます。マグマが固まるとき体積が少し減ります。すると溶岩は縮むときに割れ目ができます。このような割れ目を節理と呼んでいます。節理は、溶岩のかたちや冷え方によって、さまざまなものができます。溶岩が固まるときにできる割れ目が柱のようになっている柱状節理、放射状になっている放射状節理などがみられます。
切り立った断崖絶壁は、地質学者には、岩石や地層が良く見える、なかなか見ごたえがある景色となります。
北海道の海岸線を眺めていると、海岸に断崖として切り立っている場所は大抵、新しい火山体が海にまで達しているところです。そんな火山の荒々しさが、長く人や交通を拒絶してきました。
荒々しい絶壁の露頭は、地質学者には、ぜひ見てみたい場所となります。ライマンも、北海道の海岸を巡ったのは、海岸の露頭を見たいという思いだったのかもしれません。増毛では、そんな荒々しい自然に昔から戦ってきた人々の営みを、海岸の限られた平地に造られた小さな集落に感じることができます。
・ニシン・
3月上旬、小樽の海岸で、
ニシンの大群が産卵しているという
ニュースが放送されました。
このような産卵は今年で5回目だそうです。
その映像をみると、
確かに海岸付近が白っぽくなっていました。
ニシンは、今では鰊と書きますが、
かつては「春告魚」と書かれ、
春の到来を告げる風物詩でもありました。
北海道の人には春が待ち通しのですが、
昔のニシン漁を知る人には、
昔の栄華が頭をよぎったのではないでしょうか。
ニシンの産卵が今年になって小樽周辺で
何度か目撃されているそうです。
こんなことは、55年ぶりだそうです。
今では「春告魚」が、死語となっているようですが、
「春告魚」という言葉も復活するかもという
淡い期待を持たせてくれます。
・ライマン雑記・
今回、ライマンの調査を書くに当たって、
副見恭子さんが地質ニュースに連載されている
「ライマン雑記」を参照させていただきました。
副見さんはマサチューセッツ大学図書館の
ライマンコレクション委員をなされている方です。
「ライマン雑記」は1990年から今(?)も
連載されています。
ホームページで閲覧できるのは、
2006年1月に掲載された「雑記」の21回までです。
その中の10回と11回が1874年の調査の様子を
フィールドノートの記述から紹介されています。
この「雑記」がどこまで続くのかは知りませんが、
日本の地質学としては重要な史料となります。
これからも継続することを願っています。
そして、完成の暁には出版していただきたいものです。
GeoEssay 51 増毛:ライマンの見た断崖(2009.03.15)
GeoEssay 51 増毛:ライマンの見た断崖(2009.03.15)
札幌からほんの1、2時間ほどのところに、増毛という町があります。
今では、海岸沿いに国道ができ、短時間で行けてしまいますが、
かつては陸の孤島として近寄りがたい断崖が連なる地域でした。
そんな険しい海岸も、昔、アメリカの地質学者が調査をしていました。
そんな地質学者の足跡をたどりながら、断崖を眺めましょう。
2009-03-14
●ディスクエラー:No. 2795 2009.03.14
土日曜日など、自宅で仕事をするといに
持って帰ることがある。
だから、トラブルを起こす可能性がある。
昨日朝、デスクトップパソコンにセットしたまま
立ち上げると、
チェックしますかという表示ができた。
まあ、これがでてもいつも問題ないので、
無視して使用していた。
夕方、そこに1週間分のバックをしようとしたら、
ディスクエラーが出た。
あるフォルダー以外は認識しない。
ちょっと気になったが、送別会の時間だから、
そのままもって研究室を出た。
そして今朝、自宅で読み込もうとしたらエラーである。
あるフォルダーは、いつも作業中のデータを
入れておくところだから、
なんとか自宅のノートパソコンに
必要なデータだけは移せたが、
あとは、見えない。
復旧しようとしたが、
時間がかかりそうなので、
今は取り合えずで使用している。
時間だできたらディスクチェックして
復旧を試みよう。
●こだわりの人々:No. 2794 2009.03.14
長年勤めておられた方々の話や
その人と身近に接しておられた方の
思い出話を聞くことができた。
そんな話を聞くと、面白い。
大学教員という一風変わった職種を
長年にわたってやってこられた人、
一つのことにこだわり続けてなされてきた人、
たとえ世間に受け入れられなくとも
信念をもって取り組んでこられた人、
そんな人だからこそ
面白い人生と見えるのではないか。
昨日は、そんなことを思いながら
送別会に参加していた。
2009-03-13
●送別会:No. 2793 2009.03.13
並木。江別市文京台
今朝は、曇りである。
冷え込んたようで、
昨日溶けた雪が凍り、
つるつるの道であった。
つるつるのところ避けて、
がりがりのところを歩く。
がりがりの場所は心地よい音がし、
足の裏も感触もいい。
ただし、でこぼこの激しいところは、歩きにくい。
そんなことも味わいながら歩いてきた。
昨日、学部の教授会で
定年退職される3名の方が、
紹介され、挨拶された。
いずれも長年勤められた方々で、
この大学の設立の頃から
勤められた方もおられる。
その人たちは、
この大学の設立時の苦労、
発展の時期、
そして今の厳しい時代
も経験されてきたことになる。
彼らは、一つの組織における
さまざまな歴史の局面に
立ち会ってこられた。
人生の大半を
この組織ささげられてきた。
だからこそ、組織としては
彼らに感謝しなければならない。
そんな彼らへの送別会が今日催される。
2009-03-12
●地質学者の伝記:No. 2792 2009.03.12
ハルニレ。江別市文京台
今朝は横殴りの吹雪であった。
夜半に降った雪があり、
それが強い風で吹き溜まりができる。
夜や明け方に除雪が入ったが、
入ってない場所や吹き溜まりがあると
歩けないほどの雪がたまっている。
春も近いと思っていたが、
雪がまた積もった。
ただし、吹雪の冷たさは
明らかに厳冬期のものではない。
今日は午後から会議である。
その前にある組織の長の選挙、
その後に研究会がある。
どれくらい時間がかかるかわからない。
私が提出した議案があるので、
少々緊張する。
地層のことをいろいろ考えていると、
どうしても地質学の歴史に興味がでてくる。
そして地質学者にも興味ができてくる。
もともと地質学者について書いた本は少ない。
目に付いたものは読んでいたが、
いくつか読んでいたが、手元にあった本で、
地質学者に関する伝記本があったので、
それを読んでみようかと思った。
●真夏の島の夢:No. 2791 2009.03.12
(ISBN4-7584-1026-7 C0093)
を読んだ。
瀬戸内海の小さな島を舞台にした、
缶詰作家と従兄弟の秘書、
コメディ劇団の4名の若者、
島の老人たちが織り成す物語である。
いくつもストーリが絡み合いながら
進行する。
そして島の産廃問題で収斂していく。
なかなか面白い話である。
EarthEssay1_78 地中海誕生:メッシニアン塩分危機3(2009.03.12)
EarthEssay 1_78 地中海誕生:メッシニアン塩分危機3
メッシニアン塩分危機は、地中海の成因と深い関係があるという話を前回して、終わりました。今回は、その地中海の誕生にまつわる物語を紹介します。
2009-03-11
●卒業式:No. 2790 2009.03.11
牧舎。江別市文京台
昨日は昼前から雨で、
昼過ぎから雪に変わった。
今朝は、雪景色になっていた。
雪が溶け始めたと思っていたら、
また雪景色になった。
今朝、いつものように、
別の大学の中を歩いてきた。
その時、紺袴の女学生が
大学の中を歩いていた。
その大学は今日が卒業式なのだ。
自分の大学の体育館で卒業式が行われるのだ。
わが大学の卒業式は、19日である。
そのときには私も出席をする予定だが、
大きな会場を借りて行う。
わが大学では、1000名前後の卒業生を
送り出すことになる。
大人数すぎて、大学の体育館では出来ないのだろう。
まあ、やるとしたら、2回に分けるとか、
きゅうきゅう詰めするとか、
大変なことになるだろう。
自分の大学で卒業式ができないもの
少々もったいない気がする。
大学が自前の行事をするのなら、
自前の施設でできるのが理想だ。
全校生を集めるのは大変だろうが、
一学年を一同に会することは、
必要性はあることではないだろうか。
まあ、大きな組織では無理なことだ。
何もわが大学のことだけではないのだが。
●大人の時間はなぜ短いのか:No. 2789 2009.03.11
(ISBN978-4-08-720460-5 C0240)
を読んだ。
表題の通り、大人は時間の経過を短く感じる。
その原因を、認知心理学に基づいて検討したものだ。
本書では、いくつかの原因を挙げていたが、
決定的なものがまだ見つかっていないようだ。
私は、現在時間に興味を持っているが、
そのヒントがありそうだ。
2009-03-09
●思案中:No. 2788 2009.03.09
まずは、容量不足である。
値段の制限で、250GBのハードディスクにした。
これが一つ目の間違い。
またVISTA対応のAdobeのソフトをいくつか使ったが、
遅すぎて使い物にならず、
古いバージョンに戻したこと。
また、ハングアップすることはないが、
いつもエラーを出しているので、
不安感がある。
だから、XPにバージョンダウンしたデスクトップに
ようかと考えている。
価格の関係で最低機能にものを選んだが、
それが敗因であったような気がする。
まだ、半年しか使っていないが、
こんなに早く不満が出るとは思わなかった。
今、思案中である。
●確定申告:No. 2787 2009.03.09
足跡。江別市文京台
朝自宅を出るときは曇っていたが、
大学ついてしばらくした晴れてきた。
朝は結構冷え込んだが、
昼は晴れてくるのだろうか。
今年の確定申告だ。
我が家は、医療費が多額になっているので、
それを申告して還付してもらうことになる。
インターネットのe-Taxでの申告を
昨年に引き続いてやることにした。
確定申告で、予想通りトラぶった。
昨年も同じ苦労をしたのだ。
個人認証のためのICカードが
使用回数制限を越えたという表示がでた。
昨年も最後の認証がうまくいかずに電話をした。
もう二度とやりたくないようなシステムだ。
だれがこんなばかげたシステムを歓迎しているのだろうか。
はやく滅びればいい。
きょう税務署に連絡してみることなっている。
もしかすると、市役所に住基登録の再認証を
受けなければならない。
この労力をだれが保障するのだろうか。
簡便化するためなのに、
手間を取らせるとはどういうことなのか。
何度やってもいらいらすること、この上ない。
●賢者のデジタル:No. 2786 2009.03.09
(ISBN978-4-8387-1742-2 C2055)
を読んだ。
考えると、久しぶりの山根氏の本だ。
数日前に、そういえばメタルカラーシリーズが
どうなっているかというのを思いついて
アマゾンでみてみた。
すると何冊かのシリーズが
出版されているのがわかり注文した。
その他にも、この本を見つけたので、購入した。
2007年に出版された本で、
記事としては、1997年ころのものもある。
しかし、山根氏が新陳代謝の早いデジタル情報で
古くても残す価値がありとしたものである。
懐かしい思いをしながら、私は読んだ。
私は、山根氏のように最新装置に飛びつけないし、
技術が枯れて落ち着くまでじっくり待つタイプである。
また、落ち着くと価格も安くなる。
そんな自分との違いにも思いを馳せた。
2009-03-08
●Firefox:No. 2785 2009.03.08
ちょっと前までGoogleのChromeを使っていたが、
いくつかの不便な点があって、Exlporeにもどしていた。
今度は、Firefoxを試している。
Chromeと同等以上の能力を持っている。
なによりいいのは、
アドオンでいろいろな機能を
付け加えることができることであろう。
もちろん、Chromeと同様無料のブラウザーだ。
まあ、どこまで気に入るかは、
しばらく使ってみることだ。
●Gmailの効用:No. 2784 2009.03.08
その感想を書こう。
Gmaiにメールが残っていれば、
メーラーに残すメールは、
本当に重要なものだけですむ。
そこでGmailと自分メーラーを見た。
Gmailを見たら、16日ほどの間に、
迷惑メールが200通ほど、
それ以外の必要な情報や連絡は、370通ほどである。
メーラーに残したメールは、100通ほどである。
たぶん100通以外の270通は
二度と参照することがないだろう。
しかし、何かのために残しておきたいものだ。
また100通のうち、記録として残してあるが
二度と参照しないようなものが半分以上ある。
それでも、手元に残しておくべきメールが
一気に減ったのは助かる。
そしてバックアップしていたメーラーのメールも
Gmailでの検索した方が早く見つかるかもしれない。
だた、Gmailの容量制限があるので、
いずれはいっぱいになるかもしれない。
でも、現状で考えると、全容量7.3GBの
まだ1%にも達していないので、
しばらくは、容量不足は起こらないだろう。
●バックアップのブログ:No. 2783 2009.03.08
子供たちが午前中医者に行ったので、
留守番で、昨日は自宅にいた。
その間、休み休み、
私が管理をしているホームページの
バックアップを兼ねて、
ブログでデータを移していた。
4、50個以上投稿すると
手入力でセキュリティのための文字を
入力しなければならなくなるため、
面倒なので、そこまででやめることにしている。
だからなかなかはかどらない。
でも、ブログごとにその制限がつくので、
いくつかのブログを並行して登録できる。
でも、画像は面倒なので、
画像の多いサイトは文章だけにしている。
いつ終わるかわからないが、
秋時間を見つけながら、やっていこう。
●仮説力:No. 2782 2009.03.08
(ISBN978-4-534-04177-7 C0040)
を読んだ。
科学における仮説の役割を書き、
それをビジネスにも適応できるという趣旨の本である。
少々無理がある。
竹内氏は仮説に関する書籍でヒットを出したが、
少々似たものを狙いすぎたようだ。
2009-03-06
●レバレッジ・シンキング:No. 2781 2009.03.06
(ISBN978-4-492-04280-9 C0034)を読んだ。
前著レバレッジ・リーディングに通じるものである。
要約した内容で、すらすら読める。
逆に言うと深みがない。
ビジネス書とはこんなものだろうか。
いっていることは重要なことだが、
ビジネスマン以外の職種には通じないこともある気がする。
●ミスをなくす努力:No. 2780 2009.03.06
ハルニレ。江別市文京台
今朝も快晴である。
やはり歩いていると足が冷えてきて、
朝の寒さがこたえる。
しかし、風もなく、放射冷却の寒さだけである。
でも、寒くても快晴の朝は心地より。
昨日は研究費の申請書類を仕上げて提出した。
一段落した気がする。
来年度1年間目指すべき
一つのテーマが設定できた。
先日成績発表があり、
学生から問い合わせがいくつか続いている。
そこには、もちらのミスもある。
もちろん、ミスのないときもある。
いずれにしても、
後には、お互いに心苦しさが残される。
私のミスなら、謝って修正するしかない。
私のミスではなく、
学生が単位を取れたと思っているのに、
単位が認定されてないのは、
少々気にかかるところである。
彼らが努力をしていたのに、
その努力が認められないということである。
努力している学生を
教員が見抜けないというのは残念である。
大人数の授業ではそのようなことが
起こることかもしれないが、
本当は起こってはいけないことである。
ミスをなくことは出来ないが、
ミスをなくす努力はできる。
教員はそれをするしなかいのだろう。
●破局噴火:No. 2779 2009.03.06
(ISBN978-4-396-11126-7 C0244)
を読んだ。
火山噴火には、通常の噴火のほかに、
破局的噴火がある。
そのような破局噴火を人類は経験しているはずだが、
記録に残すような時代には起こらなかった。
しかし、地質学的研究から、
そのような噴火は、
日本では7000年に一度ほど起こる。
世界では頻度は少ないが、
それより大規模な噴火が起こる。
そんな危険性を火山学者の立場から
指摘したものである。
破局のシナリオがいくつか記述されているが、
少々フィクションに過ぎるような気がする。
そこが少し残念であった。
2009-03-05
●外部サーバ:No. 2778 2009.03.05
今朝は、雲があったが、東の空は晴れていた。
今日はいつもより30分ほど早く自宅を出たので、
歩き出したころは、日はまだ昇っておらず、
東の空は明らんでいた。
冷え込みはそれほど強くなかった。
放射冷却は、まだはじまっておらず、
歩き出してしばらくしてから冷え込んできた。
研究費の申請書を昨日だいぶ仕上げた。
考えながら、書いてきて、だいぶ定まってきた。
文部科学省の科学研究費や学内の奨励研究などの
研究費の申請書類を書いているときは、
翌年度や数年間の研究計画も考えながら書いていくことになる。
これは非常に頭の整理にはいい行為である。
ブログと外部サーバの存在について考えた。
自前サーバは大学の内部の計算機センターの
無停電装置で保管されている。
でもいつ破損するかわからない。
外部の有料サーバも2つ利用している。
これは、破損には最大限の注意を払っているはずだ。
ハードが破損しなくても、企業であれば倒産もありうる。
そうなれば、破損しなくても、サーバはなくなる。
だったら、外部サーバも何箇所も
バックアップとして利用することも必要かもしれない。
現在ホームページとして定期的に更新しているものを
外部の無料サーバ(ブログ)として保存しようかと考えている。
ただし、手間がかかるので、
時期も考えながら、どうしようか判断していこうと思っている。
●iPodをつくった男:No. 2777 2009.03.05
(ISBN978-4-7561-5096-7 C1234)を読んだ。
久々に大谷氏の文章を読んだ。
以前は、パソコン雑誌、特にアップルやマックに関する記事を
多数読んだ記憶がある。
私もマックを持っていたこともあるが、
いまではWindowsのユーザーである。
スティーブン・ジョブスの逸話が書かれている。
この本を読んでいると、AppleやMacに魅力を感じてしまう。
今では、Windowsでしか使えないソフトがあり、
それが仕事の上で重要な役割をはたしている。
そのため、Macにはどんなに魅力があっても、
移行できない事情もある。
ただし、iTunesやiPodを所有している。
他のMP3のプレイヤーには移れない。
2009-03-04
EarthEssay1_77 異変の履歴:メッシニアン塩分危機2
1_77 異変の履歴:メッシニアン塩分危機2(2009.03.05)
地中海の海水が干上がるというメッシニアン塩分危機が、
中新世末期に起こりました。
その時、今の穏やかな地中海から
想像もできないほどの激変が起こりました。
多くの海洋の生物は絶滅したはずです。
沿岸地域の環境にも大きな影響を与えたはずです。
その影響の全貌はまだ解明されていませんが、
概要はわかってきました。
異変の履歴を紹介していきましょう。
●監視カメラ:No. 2776 2009.03.04
今朝は東の空に少し雲があったが、
晴れてきた。
昨日のように暖かい日になるだろうか。
今朝、いつもの道を歩いていると、
電柱にカメラが設置されているのに気づいた。
長年同じ道をあるいていたが、
今日、はじめて気づいた。
装置自体は最近のもではなさそうであるが、
いつ付いたのがまったく知らなかった。
また、監視の目的なのかどうかも不明である。
しかし、このようなものがあるのに気づくと、
複雑な気分になってしまう。
学内の研究奨励金の締め切りが迫っている。
予算削減で厳しい競争が予想されるが、
できれば、獲得したいものだ。
ここしばらくそればかりをずっと考えている。
野外調査とそこで集めた素材のデータベースを作成し、
公開する計画である。
できれば、今日中にその骨子を固めたいものだ。
●レバレッジ・リーディング:No. 2775 2009.03.04
(ISBN4-492-04269-5 C0034)
を読んだ。
必要な箇所だけを見つけ出して短時間に読み取ること、
そしてそこから学ぶべきことをメモして、
自分の日常生活に反映させることが主眼である。
内容にかなり重複があり、読みづらくなっている。
しかし、いいたいことは単純である。
2009-03-03
●動的平衡:No. 2774 2009.03.03
福岡氏一流の書き方である。
そして一貫して主張している
動的平衡が生命の根源であるという内容である。
雑誌に連載していたコラムをまとめたようで、
内容としては、今までの著書と重複がある。
でも、いわんとしていることは伝わった。
●評価:No. 2773 2009.03.03
今朝は晴れである。
自宅を出たときは、少々雲があったが、
大学について、しばらくしたら晴れてきた。
今日は久しぶりに快晴になりそうだ。
卒業生について認定の会議が今日ある。
その結果は、悲喜こもごもがつきまとう。
私の学科では、まだ完成年度を迎えていない。
4月にやっと4年生が誕生する。
進級の評定が今週末に下る。
それと単位認定に基づいて
教員志望のものには教育実習の可否も決定される。
今までの努力の成果が評価されるのである。
人生における重要な決定が下されるのは、
不安なことであろう。
多分、多くのものは、落ち着かないことになるであろう。
多数の中の何名かが憂き目をみることを心せねばならない。
教員が単位を出す手続きは、
いまやコンピュータに入力するだけで簡単だ。
しかし、 そこに至るプロセスはいくつもチェックポイントがあり、
それなりに厳密に公正に公開されておこなわれている。
まじめに学習に取り組んだものが正当な評価を受けるべきだ。
少人数であれば目配りができるが、多人数であれば、
顔と名前がほとんど一致しない中で評価をすることになる。
ただ、それぞれの事情を理解しながら、
公平に、なおかつ学生側に立って考えていきたいと願っている。
でも、人間だからどうしてもミスや誤解がある。
それを補いながら真摯に誠意を持って取り組むしかない。
2009-03-02
●自分の都合:No. 2772 2009.03.02
今朝は雲がかかっていたが、
GoogleのChromというブラウザーを利用していたが、
2009-03-01
●確定申告:No. 2771 2009.03.01
●無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法:No. 2770 2009.03.01
Monolog86 バウマ・シーケンス:本質から眺める多様性
86 バウマ・シーケンス:本質から眺める多様性
一見整然と同じものが
積み重なっているようにみえます。
でも、個々の地層をよくみていくと、
二つとして同じものはありません。
地層の中に見えた多様性は、
実は単純な本質によって
形成されていることがわかってきました。
多様に見える自然も、本質から眺めると、
違った景色にみえてくるかもしれません。
2009-02-28
●データバックアップ:No. 2769 2009.02.28
●ビールボーイズ:No. 2768 2009.02.28
2009-02-27
●マインドマップ:No. 2767 2009.02.27
●日本の自然3 日本の川:No. 2766 2009.02.27
2009-02-26
●自前サーバが必要:No. 2765 2009.02.26
●スピード読書術:No. 2765 2009.02.26
EarthEssay1_76 海の蒸発の記録:メッシニアン塩分危機1
1_76 海の蒸発の記録:メッシニアン塩分危機1
メッシニアン塩分危機という地質学的事件が、
新生代中新世末期に起こりました。
それは、地中海の海水が干上がるという事件でした。
この事件が意味することとは、なんでしょうか。
数回のシリーズで紹介していきます。
2009-02-25
●国立大学入試:No. 2764 2009.02.25
●粗忽拳銃:No. 2763 2009.02.25
2009-02-24
●ブログ:No. 2762 2009.02.24
2009-02-23
●速読:No. 2761 2009.02.23
2009-02-20
●Gmail:No. 2756 2009.02.20

今朝は、雲って雪がちらついていた。
さらさらした積雪である。
冬らしい天気である。
現在大学のメールボックスを整理している。
300MBほどの量しかないのだが、 遅い。
半年後とにメールボックスを整理しているのだが、
遅くていらいらしてしまう。
それに業を煮やして、Gmailを試した。
メールを転送して、どれくらいの能力を
持っているか試すためだ。
まだ、メールの数が少ないため、
その能力がわからない。
私がもっているメーラーと
併用するつもりであるが、
大学のWEBメールよは、
かなり早いことは確かだ。
Gmailを使ってまもないから、
その能力は不明だ。
現在、無料のメールボックスの容量が7GBである。
そこでスピードがあるのであれば、
私の不満は解消できる。
ただ、メールが重要な情報だから、
メーラーに必要なものは保存するのは基本としたい。
2009-02-15
50 浅間山:噴火の予知と対処
2月2日夕方、自宅に帰ったとたん、テレビのニュースを見ていた家内が「浅間山が噴火したのを知ってる?」と聞きました。「知らない」といって、ニュースの映像を見ました。噴煙を上げている浅間山が見えた直後に画面が変わり、横浜での降灰の様子が示されました。車のボディーにうっすらと積もった火山灰が放映されていました。
私は、浅間山が、以前から要注意の活発な火山であることを知っていました。また、昨年の夏の小噴火は知っていたのですが、今回は噴火の兆候があったことは知りませんでした。ですから、浅間山が噴火と聞いたとき、少々驚きました。
浅間山の噴火は、2月2日の深夜1時51分頃に起こりました。噴火としては小規模でしたが、大きな火山弾が、山頂の火口から、1~1.2kmまで飛び散りました。噴煙は、上空2000mまでも達しました。そのときの風向きが南東方向だったので、浅間山から、埼玉県、東京都、神奈川県の一部に火山灰を降らしました。降灰は、房総半島の鴨川市内でも確認されました。この降灰の様子を2日の夕方のニュースは伝えていたのです。
浅間山は、2月9日7時46分ころにも小さな噴火が起こり、その後しばらく断続的に噴火をしています。9日の噴火はあまり大きくはなく、周辺地域で降灰が少しあった程度でした。噴気や小規模な噴火は、現在も継続中です。
浅間山の噴火の兆候は、火山観測網が捉えていました。傾斜計や地震計、GPS、空震計、望遠カメラによる観測によって捕らえた兆候に基づいて、気象庁地震火山部は、2月1日午後1時、「火口から4キロメートルの範囲に影響を及ぼす噴火が切迫していると予想」して、「噴火予報・警報 第1号」を発表しました。
火口周辺警報として、噴火警戒レベルがそれまでレベル2であったのが、レベル3に変更されました。レベル2とは火口周辺規制、つまり火口周辺への立入の禁止ですが、レベル3になると、入山規制、つまり山への立ち入り禁止と、状況に応じては災害時要援護者(重度の障害者やひとり暮らし高齢者など日常においても支援を必要とする人)の避難準備がおこなわれます。
また、2月3日には、「噴火予報・警報 第2号」が出されました。噴火したのですが、今後も噴火の危険性があるので、噴火警戒レベル3を継続することが、周辺地域の自治体に通知されました。
浅間山は、群馬県と長野県の境にある標高2568mの山頂の火口を持つ活火山です。火山のある場所は、地質学的に複雑な位置になります。
本州を2分するフォッサマグナとよばれる大断層の中ほどで、断層の東側にあたります。フォッサマグナは、ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界になります。また、北から続いている東北の火山フロントと、南の伊豆マリアの火山フロントがぶつかり、そして屈曲しているところになります。浅間山がある地帯は、南南西から北北東にのびる40kmx30kmにおよぶ低地帯があり、この低地はプレートの運動による構造的な窪地となっています。浅間山は、プレート境界で屈曲する火山帯という複雑な地質になっている場所なのです。
浅間山は、数10万年前から火山活動が活発に起こっています。浅間山は日本でも火山活動は、現在の残されている3つの火山に代表される3つの時期に分けられています。古いほうから黒斑(くろふ)火山による黒斑期、仏岩(ほとけいわ)火山の仏岩期、そして前掛(まえかけ)山の前掛期です。
東に開いた馬蹄形カルデラを持つ黒斑火山は、9万年前には活動を開始したと考えられています。標高2800mにも達した成層火山でしたが、2万3000年前ころに大規模な山体崩壊が起こります。この崩壊によって岩屑なだれが起こりました。その痕跡は泥流としてとして、周辺の流山地形や前橋台地などに残されています。黒斑期の活動は、2万1000年前ころには終了します。
仏岩火山は、現在の火山である前掛山の東側に隠れてはっきりとしません。しかし、その活動は周辺の地質調査から解明されています。仏岩火山は、黒斑火山の活動後の2万1000年から1万1000年前まで活動をしました。何度も噴火を繰り返しながら、1万3000年前に大噴火が起こります。この噴火は大規模なもので、長野県と群馬県の火山周辺500平方kmを、火山灰が平均10~30m、最大で50mの厚さで覆ったと考えられます。また南東の軽井沢にある離山は、仏岩期の初期活動で、デイサイトから流紋岩のマグマが火山ドームを形成したものです。仏岩火山の活動も、1万1000年前ころには終わります。
仏山火山と同じ場所で1万年前ころから前掛火山が活動をはじめ、現在も継続しています。大規模な噴火活動をしたは、8000年前、5000年前、685年(天武天皇14年:飛鳥時代)、1108年(嘉承3年、天仁元年:平安時代)、1783年(天明3年8月5日)が知られています。685年以降の活動は、人が記録を残している時代のものです。小規模な活動も活発で、何度も噴火を繰り返して、今回の噴火に至っています。日本でももっとも活動的な火山の一つです。
浅間山には、だいぶ以前になりますが、2001年9月にいったことがあります。そのときは、浅間山周辺をめぐり、鬼押し出し公園や浅間火山博物館、嬬恋郷土資料館など浅間の噴火に関わる場所をめぐりました。
天明の大噴火は、溶岩が流れ(現在の鬼押し出しの溶岩)と火砕流(浅間焼泥押)があり、1500人もの死者が出ました。そのときの様子は、嬬恋(つまごい)郷土資料館や鬼押出し園にある浅間火山博物館で紹介されています。
嬬恋郷土資料館のすぐ隣に鎌原(かんばら)観音堂があります。観音堂までは、15段の石段を登っていきます。しかし、この石段はもともとはもっと長いものだとされていました。下にあったはずの石段は、天明の大噴火による火砕流と岩屑なだれが埋もれてしまいました。
天明の大噴火は5月8日に始まりました。しばらく休止した後、6月25日に噴火し、また小康状態になりました。そして、7月17日に大きな噴火があり、8月4日から5日の未明にかけて最大の噴火が起こります。この噴火によって飛びだした火山灰によって、関東中部でも、昼なのに夜のように暗くなったと記録にあります。5日の午前10時ころ、鎌原火砕流が発生します。火砕流は地面削りながら、岩屑なだれとなり15kmも離れた鎌原村を直撃しました。岩屑なだれは、鎌原村の住民597名のうち、一瞬にして477名の命を飲み込みました。
昭和54年に埋もれている石段の発掘が行われました。岩屑なだれの厚さは、6mにも達し、35段の石段が埋もれていました。そこから、生き埋めになっていた2名の女性の遺骨も一緒に発掘されました。2名の女性は、老婆を背負った若い女性の遺体でした。そこにどのような物語があったかは、想像するしかありません。老いた母を背負って逃げるつもりの嫁だったのでしょうか。でも、彼女らは、あと数分、いやあと数十秒早く非難していたら、生き延びられたでしょう。
日本のある地域に限定してみると、火山噴火はそうそう起こるものではないといえます。ですから、多くの日本人にとって、火山は温泉や景観などの恵みを与えてくれるものです。特に、平野にある、一見火山とは無縁にみえる東京や横浜のような大都会の人にとっては、火山は恵みをもたらすものに映るかもしれません。しかし、今回の浅間の噴火のように、平野の真ん中の大都会でも火山灰が降ることもあるのです。
日本は火山列島なのです。その証拠に、日本の大地をどこを掘っても、必ずといっていいほど火山灰層がでてきます。それは、日本列島が火山列島であることを物語っています。
自然は、荒々しさを時に人に向けることがあります。ですから、自然現象には謙虚に臨まなければなりません。ただし、自然に恐れおののくだけではいけません。自然にどう立ち向かうべきかを、今回の噴火は教えてくれます。
現在の科学でも、火山の噴火を止めることはできません。しかし、今回の浅間の噴火のように十分な観測体制を整えれば、ある程度噴火を予知することは可能になってきました。そして、その予知に基づいて、防災のための行動をすれば、多くの命は救われるはずです。そのような知恵を私たちは持てるようになってきました。二度と親孝行の嫁をみすみす亡くすことがないように、心しなければなりません。
・火山見学・
浅間山にいったのは、2001年の9月でした。
そのころ私は、神奈川の博物館に勤務していました。
次男が生まれて1年半ほどたったころに、浅間山にでかけました。
浅間は、2001年の1月から4月にかけて
噴煙をだしていたのですが、
その後は活動が収まっていた時期でした。
新幹線を使えば、かなり気軽にいける距離でした。
そのときは、浅間山だけでなく、
近くにある白根山、榛名山も一緒に見てきました。
もちろん温泉に泊まりながらです。
そのときは、火山の恵みを味わっていました。
・暖冬・
今年の北海道は、雪も少なく、暖かい冬となっています。
ここ数年の雪の多い時期と比べると
除雪もあまりすることもなく、楽な冬を過ごしています。
雪が降ってもあまり多く降ることはなく、
休日には子供たちが除雪をしてくれます。
私が除雪をしたのは、数えるほどしかありません。
排雪場所に困るほどの量もありません。
昨年の夏に、大雪に備えて、屋根に雪庇対策を施しました。
今年は、その効果を確かめることができないようです。
2009-01-15
49 天橋立:水面下にもある橋
息子たちが通っている小学校では、冬には百人一首をやることになっています。私は北海道に来てはじめてその存在を知ったのですが、取り札が木でできているものを使って行われています。木の札には、読めそうもない崩した草書のような字体で下の句が書かれています。昔ながらの札を使っているのではなく、現在も店で売っていっています。我が家でも一セット購入しました。
ゲームは3人ずつの団体戦で行われます。下の句だけを読んで取り合うもので、源平合戦と呼ばれる北海道固有の競技のようです。我が家でも、冬になるとやっています。
百人一首には、よく日本各地の景勝地も詠まれています。残念ながら北海道の景勝地は入っていませんが。私も高校時代に百人一首を覚えたものですが、いまだにいくつも記憶に残っています。
その一つに、和泉式部(いずみしきぶ)の娘、小式部内侍(こしきぶのないし)の詠んだ
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立
という歌があります。
その歌が心に残っているのは、大江山(カンラン岩でできていることで有名)も生野(生野銀山として古くから有名)も、いずれも地質学では有名なところです。地質学でその地名を聞くたびに、ついついこの歌を思い出してしまいます。いずれの地も、私が大学院時代に、地質調査に出かけた記憶に残るところです。
天橋立も大学院時代にいったのですが、調査をしたことはありませんでした。昨年の春、再度訪れました。今回は、家族連れでの観光なので、天橋立を徒歩で歩くということもやってみました。のんびりと歩いても、1時間ほども歩けば渡れる距離でもあります。帰りは、船で天橋立を眺めながら帰ってきました。
天橋立は景勝地として有名ですが、地質学的に興味深いところでもあります。
天橋立は、北の江尻から、南の文殊にかけて、延長は約3.6kmあり、幅は20~150mもある砂洲です。この砂州は、野田川が運んだ土砂や日本海沿岸から海流によって運ばれた砂礫によって形成されてたものです。
砂州は、南北に伸びた宮津湾の南側に形成されています。宮津湾の西南に膨らんだ入り江の部分を、南北に区切るようにあります。砂州の内側の海は、阿蘇海(あそかい)と呼ばれています。
阿蘇海は、砂州の内側になった海跡湖とよばれるもので、日本海では、海跡湖としては、面積に比べて深い深度を持つことが特徴となります。阿蘇海は、2箇所で宮津湾で海につながっています。つまり、天橋立は、海を完全に閉ざしている砂州ではなく、南側で海につながる水路があります。阿蘇海は、砂州が切れて宮津湾へとつながっていますが、狭い水路なので海水の循環が悪く、富栄養化が起こり問題となっています。
天橋立には、他の砂州にあまり見られない固有の特徴があります。
まず、天橋立の両側の海底へ向かう斜面は、宮津湾側で20m、阿蘇海でも12mの水深があり、急斜面となっています。天橋立は、深い海に20m以上の厚さで堆積した、そして急傾斜の砂州という特徴を持っています。つまり、深い海底に唐突つけられた一筋の陸路のようになっています。
天橋立では、松の緑が白砂に映えています。このクロマツの松林は、その数、5000本とも8000本ともいわれるほどあります。海の中に形成された砂州に松林があるのは、少々不思議です。なぜなら、海の中の砂州で掘れば海水が出てくるはずなのですが、地下に淡水があるということです。
淡水は海から運べませんから、陸から地下水が流れていることになります。砂州の南側には、「磯清水」とよばれる淡水の井戸があります。実は、天橋立は、砂州全体にわたって、60cmから1.2mほどの深さで地下水脈があります。このような地下水脈は北側の江尻側から流れ込んできているものと思われます。天橋立は、淡水の地下水が流れる砂州という特徴があります。
砂州の中なのに真水の出る「磯清水」があるのをみた和泉式部(いづみしきぶ)は、その不思議さに、
橋立の 松の下なる 磯清水 都なりせば 君も汲ままし
と詠みました。
さて、天橋立と呼ばれる砂州は、いつどのようにしてできたのでしょうか。
阿蘇海に流れ込む野田川があります。この野田川は、断層に沿って流れている川です。その断層は、山田断層とよばれ、非常に大きなものです。山田断層は、北東から南西に33kmほどの長さ延びていることが確認されています。この断層は、北西側が隆起し、北東に移動する(右にずれ断層)という動きをしています。山田断層は、1927年の北丹後地震で活動しています。
約2万年前の最終氷河期には、海水準は100mほど今より低かったと考えられています。氷河期が終わり、海水準が高くなり、6000年前の縄文海進のころには、現在より2mほど海水準が上がったと考えられています。野田川沿いに堆積した地層との対比から、縄文海進のころから、砂州の形成がはじまったと考えれています。
砂州は、海流や沿岸流、河川の状態、土砂の流量など、さまざまな要因で変動を受けて変化します。ですから、砂州は、安定したものではなく、要因が変化すれば、その形状も変形するものです。現在、天橋立は、阿蘇海を閉ざすほどの長さがありますが、第二次世界大戦以降、砂州の侵食が起こっています。それは、治水のために作られた河川のダムによって、海に流れ込む堆積物が減ったためだと考えられます。1987年からは砂州を守るために、サンドバイパスを設け人工的に砂州の地形の維持しようと努力されています。
室町時代に活躍した水墨画家で禅僧でもある雪舟も、天橋立にきて描いています。その絵は現存しており、国宝「天橋立図」として、京都国立博物館に所蔵されています。
この「天橋立図」は、雪舟が晩年の1501~1506頃に書いたことがわかっています。雪舟観(せっしゅうかん)と呼ばるところとから見たもので、東側から天橋立を見下ろす構図になっています。その絵を見ますと、天橋立は南の文殊側が、広く開いた形状となっています。ですから、砂州は今よりずっと短かったことがわかります。
日本三景は、古くから日本でも有数の名勝地となっています。Wikipediaによれば、江戸時代前期(17世紀)、儒学者・林春斎という儒学者が書いた「日本国事跡考」の中で「丹後天橋立、陸奥松島、安芸厳島、三処を奇観と為す」と書き、それ以降日本三景がはじまったとあります。
陸奥松島とは、現在の宮城県宮城郡松島町の沿岸の多島海の景観です。安芸厳島とは、広島県廿日市市にある厳島神社を中心とした宮島のことです。今では、「安芸の宮島」のほうがよく聞かれます。海上の赤の大鳥居と海の上に建てられた社殿が有名で、国宝にも指定されています。
日本三景のうち、「安芸の宮島」の厳島神社は1996年に世界遺産に登録されました。天橋立も世界遺産への登録の努力はされていますが、いまだに実現されていません。その理由は、夏の海水浴客がたくさん来て、観光地化して自然が保護されづらいこと、また砂防のために人工物が多数設置されていることもハンディになるかもしれません。
景勝を守るために、自然を大きく改変するのは主客転倒かもしれません。やむにやまれぬ、それなり理由があるのでしょうが、自然に人間が関与するのもほどほどにしておくほうがいいでしょう。まして、砂州とは地質学的は短時間で変動するものです。そこに砂防をしても、自然の変化を押し込めることはできないでしょう。それにそのような対策を施された自然景観は本当の自然景観といえるのでしょうか。今回の旅で、その不自然さを強く感じました。
天橋立は、自然が時間をかけて、深い海底にできた分厚い堆積物の架け橋です。その橋の中には、地下水が流れています。地下水によって、多数の松が育ちました。この架け橋は、まるで生きているかのように、変移し続けています。自然の変化を止めることは、自然を守る正しいやり方でしょうか。自然の変化をも受け入れられる精神が必要ではないでしょうか。あるがままの自然を受け入れた上で、愛(め)で慈(いつく)しむ気持ちこそ、大切ではないでしょうか。
・砂州から砂嘴へ・
天橋立は、地形の上では砂州と呼ぶべきです。
砂州とは、離れた二つの陸地がつながるほど延びたもので、
つながらず離れていたり、海に突き出ているものを
砂嘴(さし)と呼んでいます。
砂州と砂嘴は、その形成のプロセスは似ていますが、
その状態が陸続きのようになっているかどうかが違いといえます。
ですから、砂州が侵食され離れていけば、
砂嘴と呼ぶべきものになります。
雪舟のみた天橋立は、砂嘴というべきものかもしれません。
もし、侵食で天橋立が砂州から砂嘴になったら、
そこは景勝地ではなくなるでしょうか。
少なくとも、500年前には景勝地でした。
変わることを拒んではいけません。
変わることを受け入れるべきでしょう。
・ネタ不足・
今回のメールマガジンは、発行が少し遅れました。
私の怠慢のせいです。
申し訳ありませんでした。
その背景には、少々ネタ不足になってきました。
最近、でかける余裕がなくなってきたためです。
もっといろいろなところに出かけたいのですが、
なかなかそうもいかなくなってきました。
少なくなったとはいえ、
昨年も春休みと夏休みに1週間ずつ出かけています。
それでも、はやり少ないようです。
本当はもっと出かけたいのですが、
現実的には段々難しくなってきます。
来年度は、講義日程ももっときつくなります。
次回以降、このエッセイも
やりかたを少々考えなければならないかもしれませんね。
2008-12-15
48 中央構造線の土砂災害:記憶と記録(2008.12.15)
気象庁の記録によれば、今年の台風の上陸はゼロです(正確には12月末を過ぎるまで決定ではありませんが)。確かに記憶をたどっても、大雨や集中豪雨のニュースはあったのですが、台風による被害のニュースは聞きませんでした。
統計をみると、平年(1971年~2000年の30年間の平均)の台風は、発生数が26.7個、接近数は10.8個、上陸数は2.6個となっています。平年と比べると、今年は0個で上陸数が少なかったことになります。台風の発生数を見ても、21個と平年よりやや少なくなっています。台風の上陸がゼロという数は、1984年、1986年、そして2000年にもありましたが、はやり異常な記録といえます。しかし、記憶にはまったく残らない記録です。
一方、2004年は記録的な数の台風が日本を襲いました。発生数は例年比べて29個とやや多いだけですが、過去の記録を見ると、もっと多い年がいくつもあります。最多は1967年の39個にも達します。ところが2004年は、接近数も19個、上陸数も10個となり、史上最多となっています。まだ記憶されている方も多いと思いますが、そのいくつかは、日本各地に大きな被害を与えました。
2004年の前後の2003年(発生数21個、上陸数2個)と2005年(発生数23個、上陸数3個)は、通常の台風の数となっています。これは、気象庁が残している記録です。人の記憶にも、2004年の台風は残っていることでしょう。しかし、記憶は、記録と必ずしも一致するわけではありません。
2004年は、多く台風が上陸したので、各域で被害がありましたが、たぶん多くの人も台風の被害を記憶しているでしょう。私は本州でその被害を目の当たりにしました。ですから、この年の台風は記憶に焼きついたものとなっています。
私は夏過ぎにたいてい四国の愛媛県西予市城川町に調査に出かけます。2004年の9月にも城川に出かけていました。私が行った9月のはじめまでに、四国を襲った台風は、すでに5個にも達していて、多くの被害を出していました。
なかでも台風16号は、四国に大きな被害を与えました。この台風は大型で、しかもゆっくりと移動していたため、大量の雨による洪水、風による被害も大きくなりました。私が訪れる直前に、この台風16号が四国西部を襲いました。台風16号は大量の雨が降ったので、予想外の土石流の発生が各地で起こりました。四国の瀬戸内海側の山間部で大きな土砂災害を出しました。城川周辺各地でも、土砂災害の被害を出していました。
土砂災害には、地すべり、崖崩れ、土石流があります。中でも、土石流は土砂災害の約75%を占めます。台風時には、海岸では洪水や強風、高波を注意をするのですが、傾斜地や山地では土砂災害に注意が必要です。傾斜の急な沢ぞいにたまった岩石や土砂、砂礫が、豪雨、地震、融雪などによって、周辺の木などをまきこんで、一気に流がれ下るのが土石流です。水の中にさまざまな大きさの岩石や木を含んでいるので、単なる水害と比べて被害が大きくなります。
土石流は非常に危険なので、国土交通省の河川局が、土石流の危険性がある地域を「土石流危険渓流」として指定しています。全国で18万カ所以上にもなります。野外調査をしていると、急な河川でが「土石流危険渓流」と書いた看板を見かけることがあります。
2004年の台風16号による土石流の被害を、土木の専門家が調査しました。その報告では、もともと四国の瀬戸内側の山岳地帯は、表土が薄く土石流の発生の危険性が高いということを伝えてました。なぜ、この地域で表土が薄く土石流の発生しやすいのかを、地質学的に見ていきましょう。
まず、表土についてです。表土は、硬い岩盤の上を覆う固まっていない層のことをいいます。表土は、砂礫だけのこともありますが、多くの場合は、岩盤が壊れた砂礫の層の上に、植物が分解された層(土壌)が形成され、両者が表土を構成しています。
表土の厚さは、その地の岩盤となっている岩石の種類、岩盤の傾斜、風化を受けていた期間、その地域の気候・風土など、さまざま条件が複雑に関係しています。しかし、岩盤の性質が、表土の厚さを決める一番大きい要素だと考えられます。
岩盤が固い岩石だと、岩石が壊れにくくなり、表土は形成されにくく薄くなります。また、硬いが崩れやすい岩盤でも、表土ができてもすぐ崩れてしまうので、厚くなることなく、薄いままになります。
四国の地質を考えていくと、四国山地の太平洋側には、四万十層群と呼ばれる堆積岩からできている地層が発達しています。硬い岩石ですが、日本列島にプレートテクトニクスによって、海側から付け加わった付加体と呼ばれるもので、海に向かって傾斜しています。
四国の中央山地から瀬戸内側にかけては、南から秩父(ちちぶ)帯、三波川(さんばがわ)帯、和泉(いずみ)層群という地質帯が、東西に伸びて並んでいます。和泉層群の中には領家帯の花崗岩や変成岩が入り込んでいます。
それぞれの帯の境界には、大きな断層があります。四万十層群と秩父帯の境界は、仏像構造線という大断層があります。秩父帯の中には、やはり東西に伸びる黒瀬川構造帯という断層運動でつくられた地帯があります。秩父帯は黒瀬川構造帯より南側を、三宝山帯と呼ぶことがあります。秩父帯と三波川帯の間には、御荷鉾構造線という大断層があります。三波川帯と和泉層群あるいは領家帯の間には、有名な中央構造線があります。
それぞれの断層は日本でも第一級の断層で、断層周辺の地層は、変形を受けて、壊れやすくなっています。また、四国の瀬戸内海の山側には、三波川帯が分布しています。三波川帯は変成岩からできています。高い圧力によってできたタイプの変成岩で、ぺらぺらとはがれやすい結晶片岩とよばれる岩石を主としています。そこに断層によって、より崩れやすい岩石になっている考えられます。結晶片岩が表層に出ている地域は、表土が崩れやすく薄い地域になっていると考えられます。
三波川帯では、一般的に表土とその下の岩盤とでは、物質の性質がかなり違います。表土の底には、砂礫があり、雨が降るとそこまでは水がしみ込みますが、岩盤は硬い岩石なのではなかなかしみ込みません。そのため表土中に水が溜め込まれることになりますが、表土が薄い地域に大量の雨が降ると、水は表土の底を流れ始めます。すると、表土自体が不安定になり、土砂崩れや土石流などの土砂災害となります。
台風によって短時間に大量の雨が降りました。その結果、四国の瀬戸内海の山側で、各地で土石流がおこり、各地で被害を出したのでしょう。被害は、このような地質の背景によるものだと考えられます。
私の四国滞在中にも、台風18号の襲われました。激しい雨と風の中を車で移動した記憶が鮮明に残っています。この台風18号は、北海道にも上陸し、北海道大学のポプラ並木が倒れたり、積丹半島でも高潮によって大きな危害がありました。積丹半島には、被災直後に訪れました。この体験を、本エッセイの「07 積丹半島:シャコタン・ブルーの海に抱かれて」
http://terra.sgu.ac.jp/geo_essay/2005/07.html
で紹介しました。参考にしていただければと思います。
2004年は台風の最多上陸数ですが、その記録は、私にとっても、多くの被害の記憶となって重なっています。ところが私には、2004年だけでなく、2003年も台風に対する強い記憶があります。それは、2003年にも、台風の被害をいくつか身近に感じたためです。
2003年の9月、台風10号が四国を襲う直前まで、私はやはり城川にいて、台風に追われるように北海道に戻ったことがありました。その台風10号によって、城川では2人の死者を出しました。そのうちの1人は、城川に住んでいる友人の同級生でした。帰宅後その連絡を聞いて、自分の身近なところで、台風の犠牲者がでたことに驚きました。
さらに2003年には、台風が北海道を上陸し、各地で被害を出しました。しばらく後に、私は台風の被災地である鵡川に行きましたが、その感想は「地球のつぶやき」の「22 災害と倫理:北海道の被災地を調査して」
http://terra.sgu.ac.jp/monolog/2003/22.html
で紹介しました。
2003年と2004年は、私にとっては、台風の被害が強く記憶されている年です。2004年の台風の被害は全国に及ぶのですが、2003年のものは北海道や、四国の限られた地域で起こり、たまたま経験したものでした。大きな台風、多数の台風は、多くの地域で被害を出します。被災地では、その台風は強く人の記憶に残されます。少なければ、限られて人にだけにしか記憶されません。私は、その両者が2年にわたって記憶されています。
台風だけでなく一般に自然現象は、人に与えた影響の程度と回数によって記憶になっていくのでしょう。記憶は、数や統計とは必ずしも一致しません。さらにいえば、幸運にも自然災害がないという記録は、たとえ歴史的に珍しいものであったとしても、記憶には残らないのです。
でも、「平穏の記録は記憶に残らない」ということは、記憶しておくべきなのかもしれません。なぜなら、自然が与えてくるれ平穏は、自然災害より圧倒的に多くの時間と豊かさを与えてくれるからです。自然の平穏さなしには、私たちの生活が成り立たないからです。自然の恵みの感謝して、今年最後のエッセイを終えましょう。
・故郷・
私は、城川に、毎年のように通っていて、
1992年にはじめていって以来、もう16年目になります。
今年は、別のところに出かける予定があったので
城川にはいけませんでした。
家族で訪ねたことがあります。
2010年4月からは、大学の留学制度をつかって、
1年間、城川で暮らす予定です。
城川とは付き合いが、ますます深まっていきそうです。
私には、城川は第2の故郷のような気がします。
いつも来るたびにほっとした気持ちになります。
もしかすると私の本当の生まれ故郷が、
故郷らしくなくなったせいかもしれません。
私が生まれ育った京都は、開発が進んで、
子供のころに過ごした風物や自然は、
ほとんどなくなり宅地なってしまいました。
今でも、京都には母や弟が住んでいますが、
故郷に帰ったとしても、彼らに会うことが目的で、
周りの自然を懐かしく思うことはなくなりました。
城川は、私が生まれた町よりもっと山里で自然が残っています。
それが私の記憶の故郷と似ているのかもしれません。
・やり残し・
いよいよ今年も残すところあと少しです。
年末になると、今年を振り返ってしまいます。
今回のエッセイもそのようなものになりました。
私は、やり残したことがいろいろあります。
もちろんいくつかできたこともあります。
しかし、年の瀬には、なぜかできたことより
遣り残したことが頭に浮かびます。
これは、遣り残していることが
頭に常に付きまとっているからでしょうか。
でも、その多くは、自分の怠惰さや
努力の足りなさに由来するものです。
まあ、自業自得というものです。
でも、まだ、今年が終わったわけではありません。
まだ残された日々があります。
その日々を有効に使うためにも、
やり残しを少しでも片付けましょうか。
2008-11-15
47 飛騨の変動:荘川桜(2008.11.15)
富山県は、北側に富山湾があり、南側には両白山地、飛騨高地、飛騨山脈(一般には北アルプスと呼ばれている)という日本でも有数の山岳地帯が横たわっています。そのような山岳地帯を源流とする水量豊かな川がいくつもあり、富山湾に流れ込みます。富山湾に注ぐ一級河川だけでも、西から小矢部川、庄川、神通川、常願寺川、黒部川という名だたる急流があります。中でも庄川と神通川は、富山県の県境を越えて、南側の岐阜県にその源流があります。
今回の能登と飛騨の旅では、庄川の源流を車で一気に遡ることが、目的のひとつでした。幸い快晴に恵まれて、川沿いを走破することができました。
私が訪れる数日前まで、大雨による土砂崩れで国道が通行止めになり、自動車専用道路しか通れない状況でした。しかし、幸いなことに、私が行く直前に、国道が復旧して通行できるようになっていました。
富山県と岐阜県の山岳地帯を中心とする地域は、地質学的には、日本でも最も古い岩石類が分布しているところです。地下にはそのような古い岩石が広がっていると考えられますが、地上で実際に見ることができるのは、局所的で、限られた分布しかありません。それでも、古い岩石は、飛騨周辺地域に比較的広く分布しています。そのほかには、西に向かって点々と同様の古い岩石が、山陰や隠岐まで出いますが、いずれも小規模な岩体としてあるだけです。
日本列島でも古い岩石類は、飛騨変成岩や飛騨帯などと呼ばれるもので、その構成や履歴は複雑なものになっています。ここでは、その概略を紹介しましょう。
5億年前にできた大陸(ゴンドワナ大陸)が、3億3000万年前に分裂し、いくつかの大陸に分かれました。分裂したころにできた岩石が、飛騨片麻岩や古い花崗岩として見つかります。
分かれた大陸が、2億3000万年前頃(三畳紀末)に衝突合体をして、東アジア大陸ができました。衝突する前の2つの大陸の間には海がありました。その海でたまった地層が、現在、宇奈月(うなづき)結晶片岩と呼ばれているものです。宇奈月結晶片岩は、もともと石灰岩、凝灰岩、泥岩、砂岩などの海で形成された堆積岩が、変成作用を受けてできたものです。
衝突する大陸(衝突帯と呼ばれています)の地下深部では、高温高圧の条件で変成作用が起こりました、そのような変成作用によってできた岩石が、飛騨変成岩と呼ばれているものです。その後、1億8000万年前頃に活動した花崗岩が、当時の地殻上部を構成していた古い岩石類を貫いて(貫入(かんにゅう)といいます)います。
ここまで紹介した飛騨の岩石類の歴史は、古生代から中生代までの古い時期のものだけです。飛騨の岩石は、その後も複雑な変動を受けています。たとえば、日本海の形成に伴う日本列島の大陸から分離、フォッサマグナの形成、丹どもの火成作用など、さまざまな時代にさまざまなタイプの地質学的変動を、飛騨地域は受け続けています。そしてそのような変動は、今も続いています。
飛騨山地が急激に持ち上げられて山脈となったのは、約50万年前だと考えられています。飛騨で見つかる古い岩石の歴史からすれば、50万年前は、地質学的にはつい最近の出来事というべきものです。短時間に急に上昇した地帯は、激しい侵食にさらされることになります。そのため、侵食によって急峻な山岳地形が形成されることになります。
富山県内の河川は、そのような急激に上昇した山岳地帯に水源を持つものです。侵食や削剥が激しい山岳地帯があると、大量の土砂が川によって運ばれます。山地から海までの距離が短いために、土砂は途中でたまることなく、海まで一気に流れ込みます。富山県の河川は流域が短く、中流域や下流域と呼べる部分は短く、上流域から一気に河口に流れ込むような急流となっています。
黒部川では、急峻な山から中流に出てできる扇状地が、そのまま海に達しています。富山平野は、主に庄川と神通川が運んできた土砂によって、短い時間に形成されました。また、富山湾には深い海底谷がありますが、それを富山の河川堆積物が埋め立てています。
日本海に面した山岳地帯には、冬になると季節風によって大量の雪が降ります。冬に積もった雪は、水資源として重要な役割を果たします。特に、急峻な山岳地帯は、急流で高低差があり、水力発電には適しています。
日本が終戦後の復興が進みだしたころ、今まで石炭に頼っていたエネルギーが、供給不足になります。特に電力の不足は深刻な問題となりました。そのとき目をつけられたのが、水量豊かな水資源です。1952(昭和27)年、電源開発促進法が成立して、電源開発株式会社が国家的使命として設立されました。最初の電源開発計画として打ち出されたものが、北上川の胆沢や天竜川の佐久間とともに、庄川上流の御母衣(みぼろ)のダム建設がありました。
御母衣ダムの建築予定地には、当時1200人以上の住民が暮らしていました。彼らの生活の場がダムの水底に水没するため、住民は立ち退きを余儀なくされました。住民との立ち退き交渉は困難を極めましたが、電源開発株式会社の高碕達之助総裁は、なんとか住民との信頼関係を築き、交渉を成立させました。
彼が水没の決まった地区を訪れたとき、2つの寺の境内にそれぞれ桜の大きな老木があるのを見つけました。この見事な桜が水没するのは忍びないと、なんとか移植できなかと考え、対策を考え、実行に移しました。
桜の老木の移植は不可能だとされたのですが、多くの人の協力と努力によって成功しました。今も2つの桜の巨木は、御母衣ダム湖のほとりに生き続けています。2本の老木は、春になると花を咲かせています。春には、桜の名称としてメディアにもよく登場します。この2本の桜は荘川桜と呼ばれ、岐阜県指定の天然記念物となっています。荘川桜は、今もダムを訪れる人を和ませ、かつての住民の心のふるさととなっています。
私は、荘川桜をテレビで見ていましたが、いきさつの詳しい話をダムの電力館のビデオではじめて知りました。多くの人が、この桜にかかわり、そして思いを寄せていることがわかりました。
私が訪れたのは、9月のはじめでした。ですから御母衣の冬の豪雪や花の時期は想像だにできません。しかし、そのような豪雪に耐えた抜いた桜の巨木は、その厳しさ、そして人の思い、この地の変化を、500年以上にわたって見てきたのでしょう。500年は、人間の寿命から言えば、何世代も経なければならない長さです。それを荘川桜は一世代で過ごしてきたわけです。
青々とした葉を茂らせている桜の老木を眺めながら、彼らが見てきたであろう500年の御母衣の変化と、私が知識として知っている日本でもっとも古い地層の5億年の変化とを対比しながら、その隔たりと悠久さに思いを馳せていました。
・凛とした朝・
北国は里にも何度か雪が降りました。
冷え込む朝には、大地は霜で白くなります。
手稲の山並みは、雪が消えることにがないほど
雪が何度も降っています。
朝夕や曇りの日には、ストーブをつけています。
天候不順が続いていたのですが、
先日やっと快晴の日を迎えました。
早朝は放射冷却で凛とした身の引き締まる寒さでした。
足元の大地が霜で真っ白になり、
遠くに見える山並みも白くなっていました。
北国はいよいよ冬到来です。
・新しいOS・
夏に5年ぶりに新しいデスクトップパソコンを買い替え
今ではそれをメインのパソコンとして使っています。
WindowsVISTAをOSとしています。
このVISTAが曲者で、パワーポイントが不安定で
動画のオブジェクトを設定して再生すると、
不正終了になることがよくあります。
講義ではノートパソコンを使っていますので、
そちらではちゃんと再生できるので、
一応実用上問題がありません。
また、地形データを処理するKashmirも
ある操作をすると停止します。
ですから、それは、以前使っていたデスクトップで
地形画像を処理するようにしています。
新しいからいいと限りません。
長い目で見たとき、新しいOSは、
新しいバージョンのソフトではやがて必要になると思います。
ですから、飛びつくことはありませんが、
検証を兼ねて、以降していくつもりです。
もちろんただし、ノートパソコンはWindowsXPです。