Monolog
299 仏教哲学 5:苦からはじまる
を発行しました。
仏教には宗教的側面だけでなく、
哲学的側面があります。
この哲学的側面に大いに刺激を受けました。
非常に奥の深い思索が繰り広げられ、
緻密な論理が構築されています。
Monolog
299 仏教哲学 5:苦からはじまる
を発行しました。
仏教には宗教的側面だけでなく、
哲学的側面があります。
この哲学的側面に大いに刺激を受けました。
非常に奥の深い思索が繰り広げられ、
緻密な論理が構築されています。
Monolog
298 時間の作品:一般と個別の博物誌
を発行しました。
ビュフォンは「博物誌」で、
その正式な書名はあまり知られていませんが、
そのタイトルにこそ、
ビュフォンの意図がありました。
著作では、意図を実践し、
普及しようとしていました。
「博物誌」はその結果だったのです。
Monolog
297 仏教哲学 4:全体像
を発行しました。
仏教哲学のシリーズで、
これまでの3編のエッセイは前置きでした。
ここから仏教哲学の本題に入っていきます。
仏教哲学の思索法の全体像を把握しておきましょう。
これは、仏教哲学の概観をつかまえることもなります。
Monolog
296 深淵なる時間:Deep Time
を発行しました。
地球には、「深淵なる時間」が流れています。
「深淵なる時間」を想像しようとしても、
想像力の及ばないほどの長さです。
ところが、地質学者には馴染みのある「深淵なる時間」です。
Monolog
295 仏教哲学 3:口頭伝承
を発行しました。
人の記憶には、
曖昧なところが多々あります。
記憶は、変容したり、
脚色されることもあります。
一方、鮮明に覚えていることもあります。
記憶には不確かさと、
確かさがあるようです。
Monolog
293 仏教哲学 2:仏教は、宗教か、哲学か
を発行しました。
仏教は世界三大宗教のひとつで、
多くの信者がいます。
日本では、仏教を多くの人が信じています。
仏教には宗教としての面だけでなく、
哲学的側面も強くあります。
このシリーズでは哲学側面をみていきます。
Monolog
292 無限への挑戦
を発行しました。
いいことでも悪いことも、
印象に強く残ったものは、
記憶されやすくなります。
日々の出来事が、
記憶に残らなくなりました。
年齢とともに、
物忘れが激しくなってきています。
人間の記憶について考えました。
【新しいシリーズをはじめるにあたって】
今回から、仏教哲学シーリーズを加えることにしました。哲学的ではありますが、仏教という宗教的内容を解体しながら、地質哲学につながればと思って執筆します。一連の内容のエッセイとなっていますが、本編とは趣が異なっているので、異なった仏教哲学シリーズにして配信することにしました。期間限定となりますので、毎月15日に、配信していくことにしました。1年どの連載を考えていますが、伸びていくかもしれません。
このシリーズの内容は、次の論文への腹案としてまとめはじめたのですが、書いていくうちに、内容が、複雑で大気に渡り長くなってきました。できる限り、これまでのMonologと同じように、わかりやすく書くように心がけていこうと考えています。
そもそもこのエッセイでは、自身が考えていることで、まだまとまっていない萌芽的なアイディアであっても、書いていこうと思ってはじめたものです。ですから、まだ思索が完成してないものであっても、エッセイにしていくことは趣旨に反するものではないと思っています。ご了承いただければと思います。誰かの参考になれば幸いです。
さて、いつものようにエッセイをはじめていきましょう。
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【本編の開始】
最近、冥王代前期への地質学的アプローチの方法論を探求しています。
そこに仏教の哲学的思考法が、
参考になると考えています。
シリーズにして紹介していきますが、
言語化不能な内容や領域があるのですが、
言語化を試みてきましょう。
Monolog
289 エイジャ―:斉一説の時代の激変説
を発行しました。
イギリスの地質学者のエイジャ―の説を、
最近、知りました。
そして彼の提唱した説が、
これまで独自に考えていた自説に
似ていることに興味が湧きました。
調べると、
彼が説を唱えた時代も特別でした。
Monolog
288 日本の習慣と宗教観:神道、儒教、仏教
を発行しました。
日本人は、暮れから正月にかけて、
多くの人が恒例の年中行事となっている
習慣がいくつもあります。
そこには、日本に固有の信仰と呼ぶべきものがあります。
それは、他国にはみられない、
特徴的な宗教観となっているようです。
Monolog
287 心の余裕:時間価値
を発行しました。
退職してから、
校務が激減して、
余裕ができました。
研究にかけられる時間も増えました。
時間のゆとりが、
心の余裕になったような気がします。
年末の整理として、
心の余裕と時間価値について考えました。
Monolog
285 コペルニクス的転回:意図したアブダクション
を発行しました。
現在の科学は仮説演繹法でなされていますが、
意識的にすることを、
カントは「コペルニクス的転回」と呼びました。
最近、アブダクションという方法を導入して研究していますが、
これもコペルニクス的転回になりそうです。
Monolog
284 初心の味わい:時間の流れの中で
を発行しました。
最近、地質学をはじめた頃を思い出しています。
必要があって、
新たな研究領域の文献を調べています。
初心者になった気持ちで、
文献を読んでいます。
時間の流れの中で、
知らない領域での「初心」を味わっています。
Monolog
283 未来のために種を蒔く
を発行しました。
ベーコンは壮大なる学問の体系を考えましたが、
死によって道半ばで終わってしまいました。
自身が達成できなくても、
未来の人が、その体系を
育ててくれることに期待していました。
Monolog
282 不可知の探求と密教の悟り
を発行しました。
人の信念や宗教的悟りのようなものは、
なかなか言語化できないものです。
それぞれの人の信念や悟りが、
同じかどうかを比べることができません。
密教では、悟りの探求が、
古くからなされてきました。
Monolog
280 I think:セレンディピティの瞬間
を発行しました。
ダーウィンの「種の起源」は有名な著書ですが、
執筆に至るまで、
2年ほどの準備をしています。
考えをまとめ、
重要データを集めるために、
ノート作成しています。
ノートには、進化論を思いついた瞬間も残されています。
Monolog
279 これからは在野の研究者として:大学での最後の挨拶
を発行しました。
2025年3月末日をもって大学を退職しました。
最後に大学での歓送迎会があり、
そこで挨拶をしました。
教職員の前では最後になるので、
研究者としての気持ちを話しました。
その内容と謎解きをしましょう。
【以下は、話した内容と異なるとことがありますが、
話したかった内容です】
Monolog
277 デカルトの哲学の木
を発行しました。
デカルトの「哲学の木」という言葉があります。
著書の本文ではなく、
序に当たる書簡に書かれている比喩です。
この比喩は、
デカルト哲学の全体像を象徴しています。
Monolog
276 冥王代への新しい展開:熊楠の人文知
を発行しました。
明けましておめでとうございます。
今年は、自身にとって区切りの年になります。
このエッセイでは、
今後の研究の方向性について考えています。
自然科学的アプローチだけでなく、
人文知からの思索を深めていくつもりです。