2009-06-30

●精進:No. 2954 2009.06.30


アジサイ。江別市文京台

今日は、小雨である。
快晴ばかり続いていると、
雨もいいものだ。
ただ、昨夜は湿度が高くなり、
寝ているとき肌寒さを感じ、
タオルケットから肌がけに変えた。

今日で、6月も終わる。
講義が7月いっぱいまであるので、
夏休みを遠く感じる。
夏休みが、8月の定期試験が
終わってからとなる。
今年の夏は、本来なら、
阿寒の方に行きたいのだが、
少々遠くて、躊躇している。
まあ、自家用車で出かけるから、
それほど決定を急がなくてもいいのだが。

7月中にしなければならないことが、
いろいろ積み残されている。
それをなんとか、こなして、
夏休みを迎えたいのだが、
それには、日々の精進が必要となる。
このような心がけは、
生きている限り、
常に必要となるのだろうか。
生きていくのはなかなか大変だ。

2009-06-29

●正念場:No. 2953 2009.06.29


カメムシ。江別市文京台

今日も、朝から快晴である。
疲れがたまっている。
朝起きてもけだるさが残っている。
まあ、連日、体に
こたえることばかりしている。

今日から3日間、
昼に学生との面談がある。
個々に面談して、
状況を把握することになる。
週末には行事の本番が開催される。
半年かけて作り上げてきたものが、
集大成として実施される。

日曜日には、いよいよ
教員採用試験が行われる。
わが学科の第一期卒業生が
大学生活最大ともいえる
正念場を迎えることになる。

外に出かけたくなるような快晴の日々だが、
正念場を迎える人たちがいる。
私は、それを影で応援するしかない。

2009-06-28

●爽快な汗:No. 2952 2009.06.28


チョウ。江別市文京台

今朝は、朝から快晴である。
今日はいつもよりよく寝ていたが、
疲れがまったく抜けない。
9時には地域の一斉清掃がはじまり、
参加した。
清掃は草刈機を持っている人が、
参加してくれたので、
一気に終わってしまった。
その後、自宅の草むしりをしばらくし、
次男と公園でキャッチボールをした。
汗だくになった。
たぶん体は疲れているのだろうが、
爽快感がある。
昼は、近くの公園で恒例のジンギスカンがある。
これも楽しみにしているものだ。

●パズル・パレス:No. 2952 2009.06.28

ダン・ブラウン著「パズル・パレス」
(上:ISBN978-4-04-295510-8 C0917
下:ISBN978-4-04-2955101-5 C0917)
を読んだ。
NSA(アメリカ国家安全保障局)の
スーパーコンピュータが狙われた。
それを阻止するための調査官が対処し、
スペインではその恋人が暗号のキーになるものを
追っていく。
一見何の脈絡もないものが、
最後に一気につながってくる。
なかなか面白い物語である。
ただし、大円団が破壊で終わるのが
余りいただけないが。

2009-06-27

●初夏:No. 2951 2009.06.27


テントウムシ。江別市文京台

朝起きたとき雲がかかっていた。
自宅を出て歩き出した頃に晴れてきた。
大学に着くと快晴になっていた。
今日も暑い日になりそうだ。

今日は午前中は学部の1年生が体育大会をする。
それを見学、応援して、
午後からは、授業をおこなう。
なかなかハードな一日になりそうだ。

前期の授業も残すところあと一月となった。
今年からは、15講しなければならなくなったので、
7月いっぱい講義があり、
定期テストは、8月になってからだ。
やらなければならないことが、
積み残されている。
それが気がかりだ。

2009-06-26

●心地よい海:No. 2950 2009.06.26


坂道の先の海。小樽市朝里

ここ数日、非常にいい天気である。
少々湿度はあるが、
心地より快晴である。
今日当たり、森の中を歩いてみたい。

昨日は、教育実習の指導で
小樽の朝里にいった。
はじめて降りる駅だ。
海沿いに線路があり、
道路が台地の上をはしり、
その道路沿いに町ができている。
駅は無人駅である。
自動券売機や自動改札はあったが、
このような無人駅を利用するのは
久しぶりである。
車窓、あるいは歩きながら見る海は、
快晴の日を浴びて青く澄んでいた。
心地よい海が、心に染みた。

2009-06-25

EarthEssay 2_81 GOEの時期:酸素の物語7

EarthEssay
2_81 GOEの時期:酸素の物語7
(2009.06.25)
を発行しました。

酸素の物語も、いよいよ最終回となりました。
今回は、新しい研究成果を2つ紹介しながら、
酸素の形成時期がいつだったのるかを探っていきます。
最新の成果によれば、
28億年前ころに酸素の急激な増加が起こったと考えれています。

2009-06-24

●グールド:No. 2949 2009.06.24


ハルニレ。江別市文京台

早朝は曇っていたが、
自宅を出る頃には
晴れ間がのぞきだした。
風が強いが、気温が暖かい。
少々蒸し暑く感じる。
天気が回復してきて、
久しぶりの快晴が訪れるのだろうか。
一日晴れていることが
ここしばらくない。
できれば、そんな快晴の日が
続いていほしいものだ。

グールドの本を読み出した。
「人間のはかり間違い」
という本である。
読み出して何日目かになるが、
まだ、序章に達したばかりだ。
やはりグールドはすごい。
増補改訂版の前書きを読んだばなりだが、
やはり難しいが、面白い。
そして、この本にかけた
グールドの意気込みがわかる。
知能検査や頭蓋骨計測に基づく
人種差別やを生物学的、進化論的に、
統計学的に批判している。
グールドの死の5年ほど前に
改訂版が出された。
そのハードカバーをもっているのだが、
文庫版があったので、そちらを読んでいる。

2009-06-23

●避けては通れない:No. 2948 2009.06.23


キノコ。江別市文京台

明け方まで降っていた雨が、
上がりそうである。
歩いてくるときは、
時々パラついていた。
風が強い。
ニセアカシアの花びらが、
道路に散らばり、
いたいたさを感じさせる。

論文を書く時間がとれない。
最近、焦りが出てきている。
6月ももう少しで終わる。
7月末が〆切だから、
時間があるのだが、
時間がとれず、なかなか進まない。
それが焦りとなる。
忙しい状態が続くと、
そのような精神状態へとなる。
忙しさが校務によるためなので、
避けては通れないことでもある。
それは、学生のためのことでもある。
淡々とこなし、
暇を見て取り組むことになる。

2009-06-22

●ぶらぶらよりは:No. 2947 2009.06.22


花。江別市文京台

今日は雨である。
相変わらず、天気が悪い。

昨日は長男の友達が3名て
我が家で一日遊んでいった。
こども祭りに行く予定だが、
天気が悪いのやめた。
長男と次男が風邪が
治りきっていないので、
大事をとった。
午前中雨がふっていた。
昼過ぎに晴れてきたので、
2時間ほど外で遊んでいた。
まあ、にぎやかに5人で遊んでいた。

私は、今週も日帰り出張があり
土曜日が午前中が学生の体育大会で、
午後が実習の授業がある。
日曜日には地区の一斉清掃がある。
まあ、休日自宅でぶらぶらしているよりは、
いいのかもしれない。
ただ、疲れが抜けないのは、
年齢のせいか。

2009-06-20

●天気が心配:No. 2946 2009.06.20


野外展示。勇払郡むかわ町穂別

今日もどんよりとした曇り空である。
今にも降り出しそうな天気である。

昨日は穂別に出張であった。
教育実習の指導のためである。
片道100km、2時間ほどの行程である。
公共の交通機関が不便なので、
自家用車で出かけた。
授業を見学して、その後議論をした。
結局3時間ほど小学校にはいたことになる。

今日は、次男がソロバンの大会、
長男が医者、あわただしいが、
午後からは暇になるが、
明日は子供まつりで、
長男の友達も迎えに行って
一緒に出かけることになる。
天気がよくないので、心配である。

●樹の上の忠臣蔵:No. 2945 2009.06.20

石黒耀著「樹の上の忠臣蔵」
(ISBN978-4-06-214398-1 C0093)
を読んだ。
クライシスノベルの著者が
一風変わった本を書いた。
歴史、それも忠臣蔵を題材にして、
新しい解釈を示したものだ。
ただ、普通に示すのではなく、
SF仕立てにしてある。
現代のツリーハウスで
赤穂藩の家老に仕えたものが、
幽体として出てくる。
忠臣蔵と明治維新の裏話を
語るというものだ。
荒唐無稽だが、
設定や忠臣蔵、明治維新の裏が
関連していることが、
読んでいるうちにわかる。
なかなか面白い。

●地団駄は島根で踏め:No. 2944 2009.06.20

わぐりたかし著「地団駄は島根で踏め」
(ISBN978-4-334-03498-6 C0281)
を読んだ。
語源ハンターを自称する著者が、
日本語の語源を探る旅に出てたときの
エッセイである。
現地で人々とふれあい、食しながら
語源を探っていく。
その過程で思わぬ、解釈、展開、
そしていろいろな人との出会いがある。
なかなか面白く、
そしてためにもなる本である。

2009-06-18

●やるだけ:No. 2943 2009.06.18


花。江別市文京台

今日もどんよりと曇っている。
少々肌寒い。

昨日と今日は、授業のきつい日である。
一昨日と明日の出張があるので、
今週はさらに肉体的にはつらくなる。
週末は子供たちの行事がある。
来週はやはり出張と、
週末の講義と行事がある。
愚痴を言っても仕方がない。
たんたんとやるべきことを
やれる範囲で真摯に誠実にやっていくだけだ。

EarthEssay 2_80 酸素の誕生:酸素の物語6

EarthEssay
2_80 酸素の誕生:酸素の物語6
(2009.06.18)
を発行しました。

酸素を形成しはじめたのは、
シアノバクテリアという小さな生物だと考えられています。
絶滅したかに見えたストロマトライトをつくった生物は、
現在も、入り江の奥に、ひっそりと人知れず、
シアノバクテリアの子孫は生き延びていました。
そのシアノバクテリアの発見から、
20数億年前の酸素誕生の秘密が解明されてきました。

2009-06-17

●教育実習:No. 2942 2009.06.17


アジサイ。江別市文京台

今日はどんよりと曇っている。
少々肌寒い気もする。

昨日は、旭川に出張した。
教育実習の指導である。
私がいった小学校は、
どこも学校の対応がよく、
丁寧に実習生を受け入れて
育てていただいてるような気がする。
このような育て方をされている学生は、
幸せであろう。
将来の仕事への大きな足がかりとなるだろう。

2009-06-15

●母の土産:No. 2941 2009.06.15

今日は小雨が降っている。

今日は小学校の運動会の振り替えで
小学校が休みである。
母を呼んでいるので、
仕事を休んで、
家族で出かける予定であった。
しかし、天気予報ははずれ雨なのと
次男が運動会で風邪を引いたようで、
外へは出かけないほうがいいようだ。
体調によっては
医者に行った方がいいかもしれない。
母は土産を買うのを楽しみにしていた。
母は明日帰る。
私は明日、出張なので見送りにいけない。
今日の予定をどうしようか悩んでいる。

●軽石:No. 2940 2009.06.15

加藤祐三著「軽石」
(ISBN978-4-89694-930-8 C0044)
を読んだ。
著者が沖縄に転勤をして、
海岸で見つけた軽石に興味を持って、
調べたことをまとめたものである。
漂着軽石をライフワークの一つとして
科学者が取り組んだ結果である。
10章ほどの章立てになっているが、
全体として一つの物語にしているようだが、
章によって全体の関係が
よくわからないものもある。
ストーリーがわかりにくいところもある。
しかし、海岸に打ち上げられた軽石から
体系的な研究をなしていったのは、
なかなか面白話であった。

54 牟婁層群:陸と海の輪廻と混沌

 牟婁(むろ)層群は、紀伊半島の南部の代表的な地層です。陸から運ばれた土砂や礫が地層となりました。堆積したときは整然と重なっていたものが、陸地に上がり、互層となり、時に褶曲したりしています。牟婁層群は、整然とした輪廻と、複雑な混沌が入り乱れています。それは、過去の海と陸の輪廻と混沌でもありました。

 今年の春、南紀を巡ったとき、「牟婁層群」を見ました。
 牟婁は「むろ」と読みます。もともとは同じ発音である「室」から由来したようです。室は、「いちばん奥のいきづまりの部屋」という意味があります。昔の都のあった奈良や京都から見ると、吉野のさらに奥の地になります。明治までは、紀伊半島の南部を占める広大な地域は、牟婁と呼ばれていました。明治になって、東西南北の4つの牟婁郡に分けられ、三重県と和歌山県に再編されました。
 春の調査は、かつての牟婁の海岸を巡ったことになります。今では、地層名にも牟婁は残されています。
 大学3年生の春に、紀伊半島の西半分の地層を見るための巡検(地質の見学旅行のこと)にでかけました。その当時、私は、地質学でもどのよう分野を対象にするかはっきりとは決めていませんでした。ただ、いろいろな地域の地質を見てみたいと思って、漠然と巡検に参加してました。
 その紀伊半島巡検では、各種の堆積岩を見学しましたが、そのときに、牟婁層群も見ていたはずです。牟婁層群という固有名詞自体は記憶に残っているのですが、どのような地層かははっきりとは覚えていません。ただ、堆積岩にもいろいろなものがあることは印象に残っています。
 その時、案内者の好意で漁船をチャーターしていただいて、横島という小さな島に渡りました。そこでは、オルソクォーツァイト(後述)という不思議な礫を観察し、地質学にロマンを感じた記憶があります。
 ところが、卒業論文では、オフィオライトというマグマが固まった石、火成岩を対象にしてから、地層には見向きもしないで、15年ほど火成岩ばかりを見てきました。
 オフィオライトとは、昔の海洋地殻を構成していたものでした。海洋底を成していたものが、海洋プレートが沈み込むとき、陸の堆積物の中に紛れ込んでしまうことがあります。そのような海洋プレートを構成してた一連の岩石群を、オフィオライトと呼んでいます。オフィオライトは、マントルを構成していた岩石から、沈積岩、深成岩、貫入岩、溶岩など多様が冷え固まり方をした火成岩、海洋底に降り積もった生物の遺骸が固まったチャート、そして陸に近づくにつれ流れてくる陸源の土砂が固まった堆積岩などが上に重なっています。
 オフィオライトの野外調査をすると、このような多様が岩石がでてきました。私にとって、上部にある堆積岩は、分布や分類などを調べることはしましたが、それを研究対象にはしていなかったので、興味をもっていませんでした。火成岩だけを研究対象にしていて、オフィオライトが、どのようなマントルから由来したマグマで、どのようなマグマだまりで固まり、そしていつ噴出したのかを、化学分析から調べていました。
 化学分析では、放射性元素を用いた年代測定、鉱物の微小部分の化学分析、極微量な元素組成などを最先端の分析装置を使って、時には他の研究施設を借りてデータを出したりもしてました。まあ、火成岩を調べるために、非常の特殊な先端技術を利用したり、その分析法の開発の手がけていたことになります。
 私が研究対象にしたオフィオライトは、海のものが陸に上がったわけですから、大きく変形しているものばかりでした。ですから、変形の少ないオフィオライトをみると、それが美しいものだと思えるようになっていました。野外での岩石の見方も、化学分析を前提にした特化したものでした。その目的に合いそうなものが、美しく見えてきたのでしょう。また、堆積岩もみていたのですが、研究対象でもなかったので、美しいとかいう視点で眺めていませんでした。
 ところが、そのような地質学プロパーの研究の方法から、自然の一部として岩石を眺めたり、教育素材として地層や岩石を見るようになると、見方が変わってきました。大きく褶曲した地層や累々と連なる地層などは、大地の営みを直接感じさせるもので、魅力あるものに見えてくるようになりました。露頭の写真で、大きく褶曲した地層があると、実物を見たいと思うようになりました。
 今の私の野外調査対象は、堆積岩を中心とする地層が多くなっています。それは、現在の職場には、分析装置や実験設備がないからでもあり、野外の観察を中心にならぜるえません。試料も、だれでも採取できるような石ころや砂で、室内ではその写真撮影と分類、計測、整理をすることになっています。いわゆる、地質学的研究とは全く違ったアプローチであり、目的となっています。
 大地のダイナミクスの証拠として、さまざまな岩石を眺めるようになってから、日本各地の地層を興味を持ってみるようになってきました。今では、火成岩より堆積岩のほうを見ることが多くなってきました。今回の牟婁層群も、そのひとつの現れでした。
 牟婁層群は、四万十帯という地質帯に属しています。四万十帯は、北から日高川(ひだかがわ)層群、音無川(おとなしがわ)層群、牟婁層群に分けられています。古いものが北にあり、南の方が新しいものとなります。
 四万十帯の北半分を日高川層群が占めています。約1億年前(白亜紀後期)に堆積した砂岩や泥岩からなります。そこに、オフィオライトのチャート、赤色頁岩(深海粘土)、火山岩類などが紛れ込んでいます。
 音無川層群は、5700万年前ころ(暁新世)の地層です。地層の下部は泥岩で、上部は砂岩と泥岩の互層に変わっていきます。これは、当初は砂岩あまり届かない環境から、タービダイトと呼ばれる、海底の地すべりなどによって形成される混濁流によって砂と泥が運ばれる環境に変わってきました。多分、陸に近い環境になってきたのでしょう。
 牟婁層群は、約4000万年前(始新世)に形成されました。砂岩と泥岩の互層から地層で、礫岩を含んでいることがあります。砂岩と泥岩の互層は、それぞれの地層は遠目で見ていると、どれも似通っています。地層の成因が、タービダイトの繰り返しだと知ると、地質現象、あるいは自然現象には、輪廻があり、その履歴がはっきり記録として残ることがわかります。
 乱れなく整然とした地層になっているところもある一方、牟婁層群には、激しく褶曲している場所や地層が内部で乱れているところ(スランプ構造と呼ばれます)もあります。天鳥の褶曲(別名、フィニックスの大褶曲)を見たかったのですが、残念ながらいけませんでした。しかし、小規模な褶曲や、砂岩と泥岩の繰り返しの地層(互層と呼んでいます)、巨礫が転がっている海岸などを見ることができました。
 さて、大学3年生のとき見た横島は、牟婁層群の属していました。そこで見たオルソクォーツァイトも、牟婁層群の礫岩中の礫でした。
 オルソクォーツァイトとは、正珪岩とも呼ばれ、ほとんど石英だけからできている岩石です。石英の化学組成は珪酸(SiO2)なので、岩石の化学組成も95%以上が珪酸になります。顕微鏡でオルソクォーツァイトをみると、丸い石英が集まっていることがわります。その石英の周囲は、赤い幕のように酸化鉄が覆っていることがあります。つまりオルソクォーツァイトは、丸い石英が集まった砂岩なのです。
 丸い石英だけが集まる砂岩ができるのは、大陸の内陸の砂漠や湖、あるいは大陸付近の海岸という大陸内部や、大陸の縁の環境です。オルソクォーツァイトの地層は、先カンブリア紀の大陸地域から見つかります。
 オルソクォーツァイトの地層は日本列島からは見つかりません。ところが、オルソクォーツァイトの礫を含む地層が、稀ではなく、日本列島のあちこちから報告されています。これは、日本列島はかつてユーラシア大陸の端にくっついていたからです。つまり、昔は日本海がなく、あるときに形成されたのです。そのため、大陸の川が、オルソクォーツァイトの地層を侵食し、礫として運ばれ、大陸斜面に運ばれて地層となりました。これが、日本各地のオルソクォーツァイト礫の由来となります。
 ただし、牟婁層群のオルソクォーツァイトには、少々不思議なことがあります。
 ひとつは、礫サイズです。オルソクォーツァイトの礫の径が、2から5cmもあります。大きな礫は相対的には近いところから運ばれたことになります。ですから、比較的近くにオルソクォーツァイトの地層があったはずです。つまり、大陸が近くにあったのです。
 もうひとつは、地層が来た方向です。地層に、堆積するときに生じた流れを記録していることがあります。そのような流れを古流向と呼びます。オルソクォーツァイトの礫を含む地層の古流向を復元すると、なんと現在の太平洋ある海側という結果が出てきました。本来なら陸側であるべきです。これは今は亡き大陸(黒潮古陸と名づけられています)があったという推測ができます。ところが、そんな大陸は海底を調べても見つかりません。
 この謎は、まだ解明されていません。
 礫岩とは、多様な起源の礫が集まったものです。牟婁の海岸に広がる海蝕台の礫岩には、混沌ともいうべき様相を呈しています。互層の織り成す整然とした輪廻と比べると、礫岩とのコントラストは明瞭です。しかし、輪廻の互層も、大地の営みによって褶曲という混沌が起こります。こんな輪廻と混沌が牟婁の海岸では繰り広げられています。

・さらし首・
牟婁地域には、さらし首層という
これまた変わった名前の地層があります。
さらし首層は、四万十帯には属しますが、
より新しい中新世の統熊野層群の中にあります。
さらし首層は、海蝕台で礫が
ごろごろと残った様からとったのでしょう。
ただの普通の礫ではなく、
メランジェ(混在岩)という
複雑な経歴の岩石です。
メランジェについては、別の機会にしますが、
牟婁には、日本列島の歴史にかかわる
重要な地質現象がいろいろ見られます。
都から離れた牟婁とよばれる地には、
さらし首というおどろおどろしい名称があります

・母と運動会・
子供の運動会を見学するために、
母を京都から呼びました。
長男が今年小学校を卒業するので、
最後の運動会になるからです。
今まで運動会は見学していなかったので、
一度は見た方がいいと思って呼びました。
短い滞在で、落ち着かなかったかもしれませんが、
長男の成長を見る数少ない機会となりました。

GeoEssay 54 牟婁層群:陸と海の輪廻と混沌

GeoEssay
54 牟婁層群:陸と海の輪廻と混沌
(2009.06.15)
を発行しました。

牟婁(むろ)層群は、紀伊半島の南部の代表的な地層です。
陸から運ばれた土砂や礫が地層となりました。
堆積したときは整然と重なっていたものが、
陸地に上がり、互層となり、時に褶曲したりしています。
牟婁層群は、整然とした輪廻と、
複雑な混沌が入り乱れています。
それは、過去の海と陸の輪廻と混沌でもありました。