ナナカマド。江別
今朝はどんよりと雲がかかっている。
歩いている途中、
激しく雨がふりだした。
湿度が多く、
風もない蒸し暑い天気だ。
今日が集中講義の最終日である。
あとひとがんばりである。
以前「不特定ひとりのために」という
内容の文章を書いた。
Monologという月刊で出している
メールマガジンでのエッセイである。
Monologとは「独白」ではあるが、
自分自身の中で地質哲学における
アイディアやシードをねったり、
記録するために書く場としていた。
独白ではあるが、
独りよがりでならないように、
読者を想定して書いていた。
ただし、多数の読者を必要としないので
「不特定ひとり」でいいという
立場であることをそのエッセイで紹介した。
でも、先日、やはりMonologは
Monologなので独善的になるものだ。
だから、Monologなのだ。
それこそがMonologのある姿ではないか。
読者、第三者を意識することは、
本来のMonologではないのではないか。
他人に期待、依存しては
いけないのではないか。
他力本願では成就しないのではないか。
あくまでも自力本願であるべきなのではないか。
読者は、そんなMonologでも興味があれば、
読んで下さいというべきかのかもしれない。
そんなことを考えた。