2011-12-15

84 行頭:似て非なるもの

室戸ジオパークには、室戸岬のダイナミックさとは少々違う、非日常的な「動」を感じさせる地層群があります。同じ付加体でも、少々味の違う醍醐味があります。行頭(ぎょうとう)岬の少し北、新村の海岸で見た付加体の話題です。穏やかな海岸に、非日常と日常の織り成す、似て非なるものがあります。

 私が昨年度、1年間、滞在した愛媛の城川は、山ひとつ越えると高知になるような山あいの町でした。高知は、愛媛とは違ったより山村の風情、いいかえるとより自然の残っているところでした。高知は山だけでなく海岸もなかなか魅力的です。私はもともと自然が好きですから、そんな自然の残ったところばかりに出かけていました。
 秋の高知の調査で室戸岬に向かうとき、太平洋沿いに国道55号線を走りました。四国の地図を思い浮かべてください。四国は長方形をしているのですが、その長方形はいびつな形です。特に太平洋に面した海岸線は、弧状の湾(土佐湾と呼ばれています)になっています。その弧状の部分は、なだらかな海岸線のように思えるのですが、そうではありません。海岸線を走るとわかるのですが、実は、思った以上に変化に富んだ海岸線になっています。桂浜のような砂浜の海岸は、それほど多くはなく、岩場だったり、山が海岸まで迫っているところもかなりあります。変化に富む海岸線です。
 そんな岩場の一つに行頭(ぎょうとう)岬の周辺があります。行頭岬の少し北、新村(しむら)港から北にかけての海岸では、いろいろな地層を見ることができます。非常に整然と並んだ地層から、激しく曲がりくねった地層など、付加体でみられる多様な地層の特徴を、ひとつの海岸線で見ることできます。この地域は、室戸ジオパークでは行頭-黒耳(新村より少し北にある集落)サイトと呼ばれ、ジオサイトとして環境(駐車場、歩道、解説板など)も整備されています。
 ここで見られる地層の構成は、砂岩と泥岩が一組(互層(ごそう)と呼びます)なっています。一層の厚さはさまざまで、砂岩泥岩の量比や内部の構造は、層ごとに不規則で多様です。また激しく褶曲しているところもあります。褶曲にも、整然と並んだ地層の間(層間褶曲やスランプと呼びます)にできているものもあります。
 地層の基本は、砂岩から泥岩のセットで、これが一層(単層といいます)となります。薄いところもありますが、特別厚いは層はほとんどなく、ある平均的な砂岩泥岩の繰り返しになっています。互層として繰り返しがあり、どことなく似通った特徴があることも確かです。
 このような砂岩泥岩互層の繰り返しは、タービダイト(turbidite、混濁流堆積物)と呼ばれている仕組みで形成されます。タービダイトは、混濁流(tubidity current)によって形成されたものです。同じような環境で、同じメカニズムでできたため、砂岩泥岩の繰り返しの様子が、似ているのでしょう。
 タービダイトは、このエッセイでも何度も出てきていますが、再度説明しましょう。
 陸地付近の海岸近くでたまっていた土砂が、なんらかのきっかけ(地震や洪水、台風など)で海底地すべりが発生して、大量の土砂が流体として、大陸斜面に流れ込みます。それが混濁流となります。時には、混濁流は海溝をも越えて深海底にまで達することがあります。
 互層のひとつの砂岩泥岩のセットは、一度の混濁流によって形成されます。混濁流が海底で止まる(堆積時)と、粒の大きな小石や砂が先に沈降し、粒の小さい泥が後につもります。これが、一層の砂岩泥岩のセットになります。
 次の混濁流が来るまでは、泥が溜まった面が海底面がとなります。混濁流の堆積時間に比べると、穏やかに流れる時間の方が、圧倒的に多くなります。一時の激変と大半の平穏が、大陸斜面における日常となります。穏やかな日常において、堆積作用はほとんどおこりません。
 生物がいれば、その海底面に痕跡(這い跡や巣穴など)を残します。あるいは、波による漣痕(れんこん)も、海底面にできることもあります。生物の死骸も降り積もることもあるかもしれません。もちろん、場所によっては、火山灰や黄砂なども運ばれることもあるでしょう。
 混濁流の来るところは、大陸斜面から海溝あたりです。日本列島では、大陸斜面は付加体の直上で、海溝付近は付加体に取り込まれる場となります。タービダイトは、付加体における陸源の堆積物の主要構成要素となります。そして、混濁流のもととなる土砂は、日本列島では昔の付加体が侵食されたものです。堆積物としての物質の輪廻が起こっています。タービダイトとは、繰り返し土砂が海底に流れ込んで溜まったものです。このような繰り返しは、堆積という作用の輪廻が起こっているのです。
 タービダイトの多様性は、いろいろな要因がありますが、露頭でみる地層は、ひとつの断面にすぎません。その断面が、混濁流のどの部分にあたるかは、さまざまです。ひとつの混濁流で、中心軸がどこになるのかによって、定点(断面)における堆積物の様相は変わってきます。混濁流の規模によって、断面における砂岩泥岩の厚さや、量比、構造などの違いが生まれます。混濁流は、先に溜まっていた堆積物を削ったり、流れによる堆積構造などをつくることもあります。さらに、堆積後、堆積物が再流動したり、液状化、小規模の褶曲なども形成します。自然は、多様性を生む複雑なメカニズムを用意しています。
 行頭の海岸のタービダイトは、3700万年前に4000mもの深海に堆積したものです。整然とした砂岩泥岩の互層の見られる地域もあります。整然とした互層の中のひとつの砂岩の中を見ると、欄間のような幾何学的模様が見えます。ひとつの地層の中の模様も、追いかけていくと変化します。その変化も、隣の地層のものとは、明らかに違います。似て非なる模様が砂岩ごとに見られます。見飽きない不思議な模様です。
 砂岩の岩脈がみられるところもあります。砂岩の岩脈とは液状化によって砂岩が泥岩層や上の互層を突き抜けていったものです。何層にも及ぶ岩脈となっています。また、見事な漣痕があります。深海でこのような漣痕ができる波があったのかという驚きもあります。激しい褶曲(スランプ)があるとこもあります。その激しさは、地層がどこに連続しているのかを考えあぐねるほどです。生物の這い跡がたくさん見れる地層面もあります。そこには暗い深海底にあった生態系の多様さを感じます。
 タービダイトに刻まれたさまざまな模様に、いろいろな作用、「非日常」の異変、過去の時空間、穏やかさの中の変化などが、読み取ることができます。似ているのに、どこか違う。違っているのに、どこか似ている。タービダイトには、そんな不思議な、類似性と差異があります。
 私は、このような砂岩泥岩の互層をみると、なぜか心が騒ぎます。タービダイトがもつ似て非なるものが、心の琴線を鳴らすためかもしれません。

・訂正とお詫び・
前回のエッセイ「83 日沖:大地の静と動」において
日沖の枕状溶岩を、海嶺で形成された玄武岩として
それらが付加体の中に入りこんだと書いたのですが、
これは間違いでした。
室戸岬にみられる斑レイ岩と同じマグマで、
付加体の中の海溝付近で活動したマグマでした。
現地で、そのように案内を受け、
なおかつ説明も読んでいたのに、
なぜか、勘違いしました。
文章自体は大きな修正とななりませんでしたが、
間違っている部分を修正して
ホームページは更新しました。
メールマガジンで皆様に送ったものは
もう修正できませんので
訂正とお詫びを、ここでお伝えします。
申し訳ありませんでした。

・タービダイト・
タービダイトには
堆積物に対して用いる場合と
流れやメカニズムに対して用いる場合があります。
流れを意味する時、
英語では「tubidity current」が用いられます。
本エッセイでは、タービダイトは地層に
流れには混濁流を用いました。
以前は乱泥流ということばが使われていたのですが、
今では、使わなくなったようです。
私は研究対象として、しばらくタービダイトを
みていくつ予定でいます。